コロナ禍でいのち見つめた 吉永小百合さんが見た風景は

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文・高木智子 写真・金子淳
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 様々ないのちのしまい方を描いた映画「いのちの停車場」がコロナ禍のいま、全国で公開中だ。主演する吉永小百合さん、監督の成島出さんとも、異例ずくめの撮影に臨み、幾多の困難を乗り越え、封切りにこぎ着けた。そんな二人だからこそ見えてきた、いのちの風景とは――。

 「ようやくお会いできました」。6月末にあった福岡県久留米市での映画「いのちの停車場」の舞台あいさつ。コロナ禍の「第4波」が本格化したため、2カ月遅れとなった。

 60年を超えるキャリアで初めて医師役に挑んだ本作。撮影から公開まで未知の疫病に翻弄(ほんろう)され続ける一方、いのちをしっかり考える濃密な時を過ごした。

 在宅医として患者とその家族に寄り添う物語は、医師による同名小説が原作だ。10年かけて探し当てた。「医師が書いたものだから、細かいところまで納得できるものになる」

 台本ができた段階でコロナ禍に見舞われた。演じるキャストはマスクができない。撮影ができるか悩み、「1シーン1カットで」と臨んだ。

 「どの場面も完璧」と成島出(いずる)監督がうなるほど、1回でOKが出る演技を何度も見せ、共演の松坂桃李さんと広瀬すずさんらを引っ張った。

 「大変な緊張感と、普通では味わえない気概が感じられた現場でした」。スタッフとキャストがひとつと実感したという。

 映画で描かれるのは、末期がんなどに直面する老若男女の生き方と葛藤だ。「今度は人魚に生まれさせて」と願う少女も登場し、「幸せな最期の迎え方」を考えさせられたという。「医師と患者の物語という以上に、いのちを問いかけるものになったと思う」。現在も公開中。(文・高木智子 写真・金子淳)

■吉永小百合さんに聞く

 ――初の医師役ですね。

 1、2歳のころ肺炎になって、生きるか死ぬかになって、何度も入院をして医師に助けていただいた。母は感謝しなさいと言っていましたし、看護婦さんにも大事にしてもらった思いがあります。小学低学年まで「看護婦さんになる」と言っていました。

 ただ、医師役のオファーがなく、もうそろそろ自分のキャリアも終わらなきゃという時に、1度やりたいという気持ちがあり、「孤高のメス」の成島出監督と出会い、今回の医師役につながりました。いろいろ作品を探してめぐりあった原作です。本当のドクターが書いたものだから、細かいところまで納得できるものになると思いました。

 ――コロナ禍に重なり、ご苦労されたのでは。

 企画が出たときは、コロナのコの字もない時だったんです。シナリオができた段階でコロナ禍が広がってきて、志村けんさん、岡江久美子さんら芸能界で仕事していらした方も亡くなって大変ショックでしたし、どうやって(映画を)作っていくか、考え直さなければいけなくなりました。

 コロナ禍の中のドラマだと、医者は防護服をつけて演じないといけない。表情も分からなくなるので、普遍的な一つの医療体制の中で生きる人と医者の物語にしようと決めました。

 ――撮影時間が短いなどの制約が多かったですか。

 成島監督はもっともっとリハをして本番を撮りたいという思いがある方ですが、今回はリハをやったらすぐ本番で、本番も「この1回」という思いでやろうと始まったんですね。例えば、1シーンを1カットで撮るというのが結構、何度もあって。私が10代のころはよくあったんですが、デジタルになったら少なくなったんですね。細かく撮って、監督が編集でつなぐ。しかし今回は、1シーン1カットで撮る、昔の言葉で「どんぶり」と言うんですが、そうすると緊張感がすごくて、特に医療シーンなどはいい効果となりました。松坂さんは「どんぶり」という言葉を知らなくて、びっくりして。ある意味、楽しんでやれたと思います。

 ――コロナ禍の撮影だからこそ、得たものは。

 医師と患者の物語という以上…

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