「命守る行動」伝える使命 西日本豪雨から3年で追悼式

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小沢邦男 福冨旅史
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 東海から九州までの14府県で300人以上が犠牲になった西日本豪雨は6日で3年となり、岡山や広島で犠牲者をしのぶ追悼式があった。日本列島はその後も毎年、自然の猛威にさらされ、静岡県熱海市ではこの日も土石流による不明者の捜索が続いている。

 災害関連死34人を含む95人が犠牲になった岡山県。被害が大きかった倉敷市真備町地区では市の追悼式があった。コロナ禍で人数を抑え、遺族ら約50人が参列。犠牲者の名前が一人ずつ読み上げられた後、全員で黙禱(もくとう)を捧げた。

写真・図版
追悼式で黙禱する遺族ら=2021年7月6日午前10時7分、岡山県倉敷市、田辺拓也撮影

 「経験したことのない大雨が母の命を突然に奪っていきました。3年たっても心の傷が癒えることはありません」。母の守屋孝恵さん(当時84)を失った松村好美さん(58)=岡山市=が遺族を代表し、あいさつに立った。

 農業の父と一緒にコメやブドウを作り、よく笑う働き者の母だった。豪雨の3年前に父が亡くなり、1人になった母の顔を見によく真備を訪ねた。

 3年前の7月6日夜、強まる雨が心配で午後8時ごろに母に電話した。「気をつけてな」と言うと、「ありがとう」と母は短く答えて電話を切った。これが最後の会話となった。

 氾濫(はんらん)した小田川の近くにあった家は5メートル近い高さまで浸水し、母は3日後、勝手口の前で倒れているのが見つかった。1人で水が迫る恐怖と戦い、逃げようとした母の姿が目に浮かんで胸が詰まった。電話で「2階にあがって」「お隣に助けを求めて」と言っていれば――。いまも悔やむ。

 「災害はいつ襲ってくるかわかりません。つらい経験を教訓として、災害から命を守るための備えの大切さを語り継いでいきたい」。あいさつでそう述べた。(小沢邦男)

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