「大福密約」は実在したのか 福田赳夫をめぐる新解釈

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聞き手・大内悟史
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 8年がかりの準備を経て6月25日に出た『評伝 福田赳夫』(岩波書店)は、戦後日本政治史の空白を埋めようとする労作だ。今なぜ、福田赳夫元首相の本格的評伝を世に出したのか――。共同執筆の中核を担った政治学者、井上正也・成蹊大教授に聞いた。

 ――今回の評伝は新史料の「福田メモ」を駆使しているのが特徴ですね。

 評伝の執筆に際して福田赳夫の関連史料を幅広く集めましたが、基礎史料となったのは本人が小さなノートに日々つけていた「福田メモ」です。内容は自分の考えや、入手した情報、自らの講演の内容など多岐にわたります。福田が蔵相時代に佐藤栄作首相と二人で話した内容、1970年代に大平正芳三木武夫などの派閥の領袖(りょうしゅう)と話した内容なども記され、戦後政治史研究における重要な史料だといえます。

 「福田メモ」は、その時々に福田が考えていたことをうかがう上で不可欠な史料ですが、『原敬日記』や『佐藤栄作日記』のように他人に読まれることは想定していなかったようで、あくまで自分のための備忘として書いていたようです。そのため、前後の文脈が分からないと解釈が難しい記述もあります。

 ――メモからはどんな人物像が浮かびますか。

 大蔵官僚らしく簡にして要を得た記録です。福田は経済・政策についてはブレーンを必要としないほどの政策通でした。実際、メモにも経済指標などの数字が多く書き込まれています。外交についても、60年代の閣僚時代からベトナム戦争などの国際情勢の情報収集に精力的に努めていたことが分かります。

 ――口癖は「身を殺して仁をなす」です。

 上州人の気質を示すような言葉を好んでおり、たびたびメモにもみられます。全体的に記録的な性格の強いメモですが、時折、感情が現れているのはそのような箇所です。政局が大きく動こうとする時に、自分を奮い立たせるような表現があり、そのような箇所はできるだけ本書にも引用しています。

 ――評伝全体からは、権力に淡泊な人物という印象が伝わってきます。

 若い頃からエリートコースを歩み、政治家になって抜擢(ばってき)されたポストでは常に成果をあげ、岸信介佐藤栄作といった歴代首相に重用されました。その反面、本人には自分の権勢を拡大して総理・総裁を目指すといった権力欲は薄かったように見えます。自分を律して、自らの派閥を拡大しようとしなかったことが、ポスト佐藤の総裁選で田中角栄に敗れる原因になりました。

 有力な首相候補に数えられるようになってからも、自らの権力には淡々としていました。例えば佐藤首相から自民党幹事長就任を求められた時や、田中首相から石油危機対応のために入閣を求められた際も、党や国家のためという使命感からこれらを引き受けています。

 ――新しい発見は。

 今回の評伝は、従来描かれてきたような、権力闘争の一方の当事者ではなく、福田の政治理念や行動原理に着目しました。従来の自民党史は、池田勇人佐藤栄作に続いて、福田のライバルである田中角栄大平正芳を中心に描かれてきました。これに対して、岸信介の後継者である福田には、どうしても右派・復古的なイメージがつきまといます。しかし、福田が「脱派閥・反金権」を掲げて、同志を集めて池田政権に対抗した「党風刷新運動」などは、これまで史料に乏しかったこともあり、もっぱら権力闘争の部分だけが強調されてきたように思えます。

 政局関係での新解釈といえる…

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