指導者としての立花隆 教え子たちに残したものは

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大野択生
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 4月に80歳で亡くなったジャーナリスト立花隆さんは、1990年代から2000年代にかけて東京大学立教大学で授業を持ち、学生たちを指導した。「立花ゼミ」は、教え子たちに何をもたらしたのか。

知る喜びは止まらない

 「一つのテーマを調べ上げる人」「ものすごくいっぱい本を読む人」。科学ライターの緑慎也さん(44)が東大1年生だった1996年当時、著書やテレビ番組を通じて立花さんに対し抱いていたイメージだ。

 学生が人生の先達に「二十歳(はたち)のころ」というテーマでインタビューをして記事を書く立花ゼミの課題で、立花さんが優秀作として挙げた中に、長崎の被爆体験者に取材した緑さんの記事があった。具体的にどこをほめられたかは覚えていないが、とにかく興奮した。あの立花隆にほめられた。「自分には才能があるのでは」と思わず調子に乗ってしまうほどに。

 科学の最前線を追う立花さんの取材にも同行した。研究者への取材は時に4時間にも及んだが、わくわくした表情の立花さんの姿からは、相手の研究テーマに対する思い入れの強さを感じた。質問攻めに遭ってくたくたのはずの相手もうれしそうだった。魅力的な仕事だな。理系学生の緑さんが模索していた将来像が、少しずつ像を結んできた。

 「科学ライターになる」。立花さんも同席したある日の飲み会で、ほろ酔い気味に言った。帰宅後、早朝に電話が鳴った。「科学もので食っていくのは大変だが、いいのか」。立花さんからだった。

 ライターになってからも立花…

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