強豪校打者も驚きの軌道 7年磨いた「魔球」ナックル

米田千佐子
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 白球が放物線を描き、ゆらゆらと打者の手元に落ちてくる。次も、またその次も。

 3月、奈良県桜井市のグラウンド。桜井は、天理や智弁学園の2強を追う強豪の奈良大付と練習試合で対戦した。双方とも冬の練習の成果を確かめ合う絶好の場だ。先発した桜井の岡本斉悟(せいご)(3年)は4回被安打5の4失点。だが、手応えを感じていた。

 「あの球を投げるピッチャーを初めて見た」

 「思い切り振りにいっても変に打球が上がる」

 打席に立った奈良大付の選手が首をかしげてベンチに戻って行く。

 奈良大付の戸惑いを眺めながら、桜井の監督・畑井謙治(60)はほくそ笑んだ。「これでこの夏のエースは岡本で行く気になってしまった」

 この春から、岡本の名前は対戦校を中心にじわじわと広がっていく。

 「何や、あれ」

 5月1日、春の近畿地区高校野球大会県予選を開催中の佐藤薬品スタジアム(橿原市)。2回戦の桜井―西大和学園戦。バックネット裏で見守る県高校野球連盟幹部が、岡本の投球に目を見張った。多くの球が揺れる。岡本は被安打1で試合は6回コールド勝ち。

 「先生、ナックルですよ」。他の幹部が答える。「ナックルって」。確かめるような声が響いた。

     ◇

 ナックルは指で押し出すように投げる変化球だ。球に回転をかけないため、揺れたり急に落ちたり軌道が不規則。投げた本人も予想ができず、「魔球」とも呼ばれる。球速が出ないので、ナックルを投球の中心とする投手はプロアマ問わず珍しいが、米大リーグで200勝を挙げたウェークフィールドや120勝のディッキーは「ナックルボーラー」として知られる。

 投手の球速は高校野球でも話題になる。その中で岡本はナックルを武器に夏の奈良大会に挑む。桜井のコーチ・青木和也(38)は「投手はゆるい球を投げるのは勇気が要りますよ」。

 岡本は中学から投手。高校でも投手を続けようと思ったが、身体能力が抜群なわけではなかった。小学5年の時に遊びで覚えたナックルを投球の柱にすることに決めた。

 しかし、制球が定まらず、昨秋は投手としては4番手。「このままじゃ終わりだ」。危機感を覚えた岡本は、練習時間のほとんどを投げ込みに費やした。

 どの指でどれくらいの力加減で球を押すといいのか。自分の指先の感覚をミリ単位で確かめた。握力は40キロと力は強くない。上半身の筋力トレーニングに精を出したこともない。ただひたすら感覚を磨く。最低でも一日120球、多いときは300球以上投げた。

 「投げているだけで本当に大丈夫か」。不安もよぎったが、鍛錬の大切さを説くウェークフィールドやディッキーらの言葉を信じてひたすら投げ込んだ。その成果が春に芽吹いた。

     ◇

 ナックルはスピードが遅くバットに当てられる。そのため、チームは守備練習に力を入れる。原沢優吾主将(3年)も最初、「打たれるんちゃうか」と心配した。だが昨冬、黙々と投げ込む岡本の姿を見て「しっかり守って支えよう」。

 捕手の河本絢斗(2年)は「探究心がすごい」と信頼を置く。体育の授業でバレーボールをすれば、無回転サーブでボールと指の位置関係に着目。すぐに投げ方に応用してみた。上手か横手か。開幕まで1カ月を切ってもなお、「まだ答えが出ていないんです」。

 ナックルを投げる自分に対し、「ふざけていると思われるんじゃないか」と気にしたこともあった。ナックルを追求して7年。いまは、長年かけて磨く魔球を「自分だけの武器」と言い切る。=敬称略(米田千佐子)