代名詞はワインドアップ 松坂大輔、こだわり続けたもの

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遠田寛生
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 松坂大輔は「こだわる人」だった。夢を与えられるプロ野球選手になるため、だ。そんな生き様を15年近く見てきた。

 分かりやすいのが背番号だろう。1999年にプロ入りしてからずっと「18番」を希望してきた。「自分の中でエースナンバーのイメージだから」と笑う。

 プロ入り後、初めて違う番号をつけたのは2013年。レッドソックスを退団し、まだ手術した右ひじの状態の波が激しく、インディアンスとマイナー契約を結んだ時だった。当時は18番が空いておらず、初めて20番をつけることに。「活躍して、いずれまた18番が着けられるように頑張りたい」と話した姿が印象的だった。

 夢を与える選手であるために、試合での活躍はもちろん、練習から「プロ」としての魅力を伝えてきた。

 捕手から返球を受けるときは、左手を伸ばして音を鳴らしてかっこよく捕る。大リーグで登板のない日は、先発投手の日々のルーティンである外野での球拾いで観客を魅了した。難しい打球を簡単に捕って見せたり、ジャンプして捕ったり。打撃練習で柵越えを放った際には派手にガッツポーズもした。登板がなくても、球場に来たファンや子どもたちへの「サービス」だった。

 大リーグで活躍するためには文化を知ることが大切と感じていた。レッドソックスへの移籍当初は特に球界の歴史やしきたりなどを積極的に学んでいた。旧ヤンキースタジアムのモニュメントパークを訪れたり、対戦した投手や野手の過去の成績を調べたり。興味は尽きなかった。

 そして投球時のあのしぐさだ…

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