甲子園が似合った「平成の怪物」 松坂大輔の11試合

編集委員・安藤嘉浩
[PR]

 横浜高校時代の松坂大輔投手は、「野球漫画」から飛び出したようなヒーローだった。グイーンッと伸びる快速球、打者が「視界から消える」と驚いたスライダー。牽制(けんせい)球やバント守備も上手で、打っても走っても絵になる。甲子園が似合う選手だった。

 春夏合わせて11勝無敗。先発した10試合のうちノーヒットノーランを含む6試合を完封し、1失点が1試合、2失点が2試合。唯一の大量失点(7)が夏の準々決勝、PL学園との延長十七回だった。本調子でなかったこの一戦も、最大のライバルを相手に尻上がりに調子を上げ、球史に残る名勝負の主役となった。

 その原点は、2年夏の神奈川大会準決勝。自らの暴投でサヨナラ負けし、甲子園を逃した。「あの敗戦を糧にして松坂は変わった。自分一人では勝てないことも学び、『ワン・フォー・オール』と口にするようになった」と渡辺元智監督(当時)。本人も「自分たちは最初から強かったわけじゃない。みんなで少しずつ強くなっていったんです」と話していた。

 「平成の怪物」と呼ばれたが、素顔は普通の17歳。仲間とボウリングやゲームに興じ、優勝を決めた大会の後は、控え部員と一緒に写真に納まっていた。

 意に反して目立ってしまったからか、「松坂世代」と呼ばれるのも好きでなかった。何年もたち、一般の人から「ぼくも松坂世代です。自己紹介なんかで便利で、ありがたいです」と言われ、「役に立つこともあるのなら、それでもいいのかなと思えた」と笑っていた。(編集委員・安藤嘉浩