「偉い男」の呪縛を解く ドミニク・チェンが問う子育て

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聞き手・藤生京子
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 「子育て」という言葉、一度、見直してみてはどうでしょう――。9歳の一人娘がいる情報学者ドミニク・チェンさん(40)は、子どもだけでなく自分自身が変化してきた体験をもとに問いかけます。一人ひとりの個性を認めながら「共に在(あ)る」ことを確認する、そんなコミュニケーションとは? テクノロジーと人間の関係を研究する気鋭の論客は「僕ら男親こそ、積極的に語ろう」と訴えます。その理由を尋ねました。

ドミニク・チェン Dominique Chen 1981年、台湾人とベトナム人のハーフでフランスに帰化した外交官の父、日本人の母の間に東京で生まれる。中1から高2までパリで過ごした後、渡米してUCLAでデザインを学ぶ。2004年、東大大学院へ。博士(学際情報学)。NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、IT系の会社経営を経て、早大准教授。著書に「フリーカルチャーをつくるためのガイドブック」(フィルムアート社)など。

 ――3人家族ですね。

 フルタイムで働く会社員の妻と、僕の母校のフランス人学校に通う娘と暮らしています。コロナ禍のこの1年余、夫婦ともに在宅勤務を続けてきました。非常時ではありますが、家族の時間が増え、その意味では充実した日々を過ごしています。

 ――著書「未来をつくる言葉――わかりあえなさをつなぐために」(新潮社)では、自身が様々な気づきを得て変化していった経験を記しました。娘さんの誕生の瞬間、いつか訪れる自分の死への恐怖が「祝福」に転じた、とあります。

 不思議な時空でした。陣痛が始まり、助産師さんに言われるまま妻の身体を押さえつけてサポートしていたんですが、ずっと妻の身体の「叫び」のようなものを全身で感じていました。女性の身体って本当にすごいなあ、と。男の身体がいかにのんきなものなのか。思い知らされた時間でした。

 そんな無力感の中で、娘がぽっと出て来た。言葉にできない感動と安堵(あんど)感、同時に大きな違和感というか、不思議さがありました。想像も計算もまったく立ち入れない領域の現れ。この名状しがたい感覚は何だろう? その思いに導かれながら、本を構想し執筆していきました。

 ――生まれた直後は戦争のような日々だったでしょうに。

 確かに。妻と2人で、おむつ替えからお風呂、ミルクの調整など忙しかったです。ただ、夜泣きも少なく育てやすい子で。地方に住む僕ら夫婦の両親も来てくれましたし。

 いま振り返ると、決して二人だけで育てたのではないという実感があります。妻が産後9カ月で職場復帰し、数カ月は都心にある妻の会社近くの小規模保育所に娘を預けました。僕もだっこひもをして電車に乗っていました。その後は区立保育園へ移りますが、10カ所希望を出し第7希望で。ところが、とても良い保育園でしたね。保育士さんたちが娘の1日の様子を実によく見てくれ、連絡ノートに詳細な報告をしてくれました。その仕事量を思うと、申し訳ないほどでした。

 そういう基盤があった上に、急な助けが必要だったときは保育園のパパ友・ママ友に相談しましたし、シルバー人材センターにもたくさん助けていただきました。近所に、娘が3歳からみていただいている女性がいます。娘は「3人目のおばあちゃん」と、なついている。

 血のつながりはない、たくさんのおじいちゃんおばあちゃん、おじさんおばさんやきょうだいたち――だから、実際は「15人家族」くらいなのだと思います。

 ――子育てで、心がけてきたことは何でしょうか。

 強いていえば、子供が本質的に「自由な存在」であることをどれだけ尊重できるか、という点。最近、作家・精神科医なだいなださんが4人の幼い娘たちを生徒に見立てて書いたエッセー『娘の学校』を読み、「禁止するを禁止する」という言葉が紹介されていました。難しいことですが、名言だと思いました。親として、子供の安全を考えて、つい「~してはいけない」と禁止的なコミュニケーションをとりがちだけど、それは子どもが自律的に考え、決定する能力をそいでしまいかねない。ちゃんと公園で転んで自力で立ち上がるのも大切。そうした積み重ねを通して、子どもが未来を自己決定できるという実感につながる、と意識してきました。

 それから、こちらの話を一方的に聞かせることはあまりしないようにしています。いろんな話をふってみて、のってきたら、ともに語り合う。彼女が何かを話したがっているけど、うまく表現できないでいるときは、じーっと待つ。なるべく先取りしないようにしています。

 ――そう考えるようになった理由は何でしょうか。

記事後半では、娘と向き合うなかで生まれた「子育て」という概念への疑問、そして次世代の人たちとどうやって新しい価値観を作っていくか、ドミニクさんの思いが語られます。

 自由の尊重でいえば、僕自身…

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