第4回ミャンマー初Jリーガーめざして 3本の指の意思を胸に

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宮崎亮
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私は帰れない ピエリアンアウンの掲げた手④

【動画】日本に難民申請したミャンマー代表選手が緊迫の日々を語る=白井伸洋、宮崎亮撮影

 日本に難民申請をしているサッカー・ミャンマー代表のゴールキーパー、ピエリアンアウン(27)に、Jリーグ3部(J3)のクラブチームから声がかかった。ワールドカップ(W杯)予選で、母国のクーデターに抗議する「3本指」を掲げ、一度はあきらめたプロ選手の道。異国の地で、再び夢へと走り始めた。

 低い弾道のシュートに横っ跳びするが、ボールは手をすり抜け、ゴールネットを揺らした。7日朝、横浜市中区に本拠を置く「YSCC横浜」のグラウンド。練習に加わったピエリアンアウンは、悔しそうな顔で立ち上がった。

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久しぶりの練習で、息を切らせて、うつむくピエリアンアウン選手=2021年7月7日、横浜市、伊藤進之介撮影

 W杯アジア2次予選の最終戦があった6月15日から、満足に練習できていない。滞在するホテルからの脱出計画、大阪出入国在留管理局での難民申請……。まわりの言葉もわからない。緊張の日々が続いていた。

 「練習はきつかったです。反省点ばかり」とピエリアンアウン。ミャンマーのプロリーグでは、強豪クラブのレギュラーだったが、「Jリーグはレベルが高い。誘ってくれたYSCCには感謝している」と話した。

 練習への参加は、ニュースを見たYSCC社長の吉野次郎(56)からの連絡がきっかけだ。「まずは同じフットボールピープルとして、サッカーができる場所を提供したい」

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練習で笑顔を見せるピエリアンアウン選手=2021年7月7日、横浜市、伊藤進之介撮影

 1986年に発足したYSCC横浜は、子ども向けサッカースクールや高齢者向け体操教室を営む地域密着のクラブチーム。2011年にJFLに昇格し、14年からJ3に所属する。

 チームのスローガンは「ボールで笑顔、ボールで世界平和」。プロ契約20人、アマチュア契約17人の選手がいるが、そのルーツはドイツナイジェリア、ペルー、香港など、日本をふくめて八つの国・地域に広がる。

 3日間の練習日程を終えた9日、監督のシュタルフ悠紀(ゆうき)(36)は「また、一緒にサッカーをしたい。平和な日本ではもっと自分を出して、声も出して、言葉が通じなくても積極的にサッカーをやっていい。楽しくやってほしい」とピエリアンアウンを励ました。

 クラブによると、今後、契約して選手登録をする▽練習生としてクラブに入り、地域リーグを戦うクラブの2部チームで経験を積む▽他のJ3クラブへの練習参加をあっせんする――などの道が考えられるという。

 吉野は「基礎的な練習が必要だと思うところもあるが、手が大きくボールをキャッチするときの吸い付きがよい。ボールに対して前に出る勇気もある。今後のことは検討中だが、何らかの形で彼をサポートし続けたい」と話している。

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横浜YSCCの吉野次郎社長=2021年7月7日午前、横浜市中区、伊藤進之介撮影

 Jリーグによると、ピエリアンアウンがJ1~J3のクラブに選手登録されれば、ミャンマー人初のJリーガーとなる。難民または難民申請中の選手がJリーガーになった例もないという。

見えない半年後、難民申請の壁

 ただ、ピエリアンアウンが日本で長くサッカーを続けていくためには、実力以外にも乗り越えなければならない壁がある。難民申請が認められるかどうかだ。

 入管当局が今のところ認めて…

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連載私は帰れない ~ピエリアンアウンの掲げた手~(全5回)

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