難聴の外野手、支える仲間たち 打球方向は身ぶりで指示

仲川明里
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 日本福祉大付(美浜町)の織田(おりた)泰誠外野手(1年)は先天性の難聴で、右耳に人工内耳をつけてプレーしている。左側や後方は音が聞こえにくく、チームメートが視界に入って身ぶり手ぶりで指示するなど、ハンディをカバーする。今夏の愛知大会はベンチ入りできなかったが、支えてくれる仲間のため、スタンドから応援する。

 織田選手は1歳で人工内耳を埋め込む手術を受けた。野球を始めたのは小学4年のとき。常滑市内の自宅から遠方の特別支援学校に通っていたため、地元の友達づくりにと父和史さん(46)の勧めで軟式野球チームに入った。

 中学でも野球を続けたが、高校入学時は迷ったという。「硬式球で耳に打球が当たったりしたら、また手術を受けないといけなくなる」。陸上部などほかの部活も検討したが、両親が「本当にしたいことをしなさい」と背中を押してくれたのが決め手になった。

 今年4月、部員たちとの初めての顔合わせ。当初はハンディを持つ自分をチームメートが受け入れてくれるか不安もあったが、「みんな優しくてすぐに心配はなくなった」と話す。中学では三塁手だったが、高校では外野手に転向した。

 守備で打球音が聞こえず、打球の行方がわからなかったり反応が遅れたりする。そんな時は、内野手が織田選手から見える位置に動き、ジェスチャーで打球方向を指示するなど工夫している。織田選手は「軟式と硬式では打球の伸びもグラウンドの広さも全然違うけど、みんなが指示してくれるので外野を守ることができる」。

 就任3年目の山本常夫監督(60)は、かつて神村学園(鹿児島)を春夏合わせて5回甲子園に導いた。織田選手について、「入部当初はおどおどしていてすぐ謝ってばかりだったけど、今は自分の意見もちゃんと言うし、性格も明るくなった」と話す。気配りや細かいところに目がつく選手も増え、チームにいい影響を与えているという。

 小中学生の時に同じ野球チームでプレーしていた間瀬貴聖選手と鈴木貫太選手(いずれも1年)は「はじめは周りに緊張していたところもあったけど、今は冗談を言って笑わせてくるし、昔からのムードメーカーが戻ってきた感じ」と笑う。

 日本福祉大付は11日に安城学園と対戦する。仲間とスタンドから見守る織田選手は「いつも先輩たちには助けてもらっているので、今度は自分が応援でみんなに恩返しできれば」と声を弾ませた。(仲川明里)