野球の出来る「今」を大切に 悔しいはずの先輩の贈り物

寺島笑花
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 「高校野球の出来る『今』を大切に」

 かすれた文字の上から、なぞり書きされたメッセージがある。下関工科(山口県下関市)の部室横に掛かるホワイトボード。今春卒業した先輩が書き残した。

 新型コロナウイルスの感染拡大で全国高校野球選手権大会が中止になり、県独自の大会が開かれた昨夏。下関工科は下関商と対戦した。当時の3年生が1年生大会の時に対戦し、大敗した相手。1点リードで迎えた九回表に一挙4点を奪われ、初戦で敗退した。

 村上平河主将(3年)はその翌日、部室を片付けるためにグラウンドを訪れた先輩たちが、ホワイトボードを囲む姿を覚えている。

 長い休校期間中の部活停止、夏の甲子園の中止――。それでも、前主将の山本大輝さんは練習の合間のたび、「チーム一体となって最後までやり抜こう」と何度も声を掛けた。ほかの3年生も大声を張り上げ、いつも通りグラウンドを全力で駆けていた。愚痴や弱音を聞いたことはなかった。迎えた県の独自大会では特例で25人の選手登録が認められたが、同校は「いつも通りの夏を迎えよう」と20人で挑んだ。

 「でも先輩は相当悔しい思いをしていたんだと思います」。左翼手の松尾大志君(3年)は大会の敗退後に、前主将の山本さんがこぼした言葉を覚えている。《もう少しやれた》。冬のきついトレーニングに耐え、実践練習を積む大切な時間を奪われた悔しさを感じとった。

 ボードに言葉を書いたのは、前副主将の山本尚輝さんだ。「毎日みんなと練習する。当たり前のことが、勝ち負けより大事だったと初めて気づいた」。前主将の山本さんは「みんなで声を張り上げて乗り越えた日々は大切な思い出。しんどいと思っていることも、今しかできない素晴らしいことだと伝えたかった」と話す。

 残されたメッセージは、部員たちに刺激や気付きを与えてくれる大切な贈り物となった。

 松尾君は「しんどいときに奮い立たせてくれる」。自主練習の素振りで、やりきった後の「あと10回」を自らに課してきた。きつい体力トレーニングや全体練習後の自主練習も、この言葉を思い出すともう少し頑張ろうと思えた。「夏の大会では当てにいくのではなく、練習の成果を出してフルスイングで挑みたい」

 村上主将はボードを見る度、練習ができて、夏の大会があるだけでありがたいと感じる。「手を抜くなんて先輩にも失礼だと引き締まった。言葉を残してくれた先輩にも、勝ちをプレゼントしたい」(寺島笑花)