芥川賞・石沢麻依さん「作品は惑星のようなもの」

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 「貝に続く場所にて」(群像6月号)で第165回芥川賞に決まった石沢麻依さんの、受賞記者会見での主なやり取りは次の通り。

芥川賞に決まった石沢さんは1980年、仙台市生まれ。東北大学大学院文学研究科修士課程を修了し、現在はドイツ在住で現地の大学院博士課程に在学している。受賞作は今年の群像新人文学賞を受賞したデビュー作。コロナ禍が影を落とす異国の街に、東日本大震災の記憶、現実と非現実の境界を重ねて描いた。

 ――いまの気持ちをお聞かせください

 このような伝統あるすばらしい賞をいただき、本当にありがとうございました。非常に感謝しているのですが、まだ戸惑いというか実感が追いつかず、さらに正直にいうとうれしいというよりはとてもおそろしいという感じがします。

 ――おそろしいという言葉は、どういった意味なのでしょうか

 今年、群像新人文学賞をいただいたばかりで、単行本も出て、芥川賞候補にもあげていただけるという、私の考えとか感情が追いつくよりも先にどんどん(物事が)押し寄せてきて、さらに今回受賞したということで、押し寄せるものに対するおびえもありますが、作家として書き続けるということは非常に大きな問題で、こんなに大きな賞をいただいてこの先大丈夫なのかという自分自身に対する不信感があります。東日本大震災という大きなテーマを扱っただけに私がこれを踏み台にしているという自分自身に対する違和感もあり、おそろしさという感情につながっていくのだと思います。

 ――体験した震災を題材にした作品での受賞ということで、書く動機の一つに復興五輪への違和感や危機感もおっしゃってました。復興五輪の言葉によって復興の現状がゆがめられるとか、記憶が変わってしまうかもしれないと

 五輪で時々思い出したように出てくる復興という言葉に、言い訳がましく引き出されるメッセージだなと、ニュースを見る度に感じていました。沿岸部や原発避難区域とほかの街が引き裂かれている印象があり、そこにむりやり復興という仮面を押しつける行為によって、きれいに化粧を施された顔を見て私たちは満足しようとしているのではないか、過去やかつての出来事を正しく捉えられないのではないかという思いがあります。さらにオリンピックで、今回「絆」というメッセージが取り上げられましたが、共感やエモーショナルなものを無理やり用いて、私たちは一丸となっている。被災地あるいは今回の土石流の被害でも、無理やりエモーショナルなもので一丸となり終わったら解散、そして何かが取り残されていく。何事もなかったように置いてけぼりにされていくことがおそろしいと思っています。

 ――作品がたいへん凝った文…

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