引退の1期生から監督へ 千羽鶴で継承、創部の精神

甲斐江里子
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 「これは監督さんに持っていてほしいです」。昨夏、大阪府高校野球大会で敗れて引退が決まった羽衣学園(高石市)3年の選手とマネジャー17人は、朝西知徳監督(55)に青色の下地に赤色で「継」の文字が描かれた千羽鶴を手渡した。

 千羽鶴は夏の大会で負けた学校が対戦校に手渡すことが多い。だが、昨夏は新型コロナウイルスの感染予防のため、千羽鶴の手渡しは禁止になった。「感謝の気持ちも込めて作った千羽鶴。何もできなかった私たちに一から教えてくれた監督に持っていてほしい」と当時の3年生が朝西監督に渡すことに決めた。彼らは羽衣学園野球部の1期生だった。

 野球部創部は2018年で、前主将の牧野義大さん(19)も1期生の一人だ。「新しいところでやるのは面白いかも」と入部を決めた。前年に発足した同好会からの「0期生」の先輩2人もいた。

 朝西監督が重んじているのは、勝ち負けよりも生き方。高校野球を通して、社会でも通じる礼儀を身につけ、人間的に成長してほしいと考えている。

 あいさつ、返事は大声で、グラウンドではダッシュ――。

 羽衣学園の部員は話をするときは相手の目を見て、時には顔が赤くなるほど大声であいさつと返事をする。牧野さんたちも入部最初の練習はあいさつの声出しだった。すべてにおいて礼儀を徹底する0期生の姿に、1期生の牧野さんも最初は驚いた。自ら主将になったころには後輩たちの行動を注意するほど、骨の髄まで礼儀がしみついた。

 創部当初、そんな「全力」の姿を同じ学校の生徒や練習試合の相手校に嘲笑されたこともあった。朝西監督は「今の時代はまじめに、一生懸命やることが馬鹿にされる風潮がある」と話す。部員たちには、水を飲むときに井戸を掘った人への感謝を忘れるなという意味の「飲水思源(いんすいしげん)」という言葉をことあるごとに使ってきた。「0期生が井戸の穴を掘り、1期生が水をくんでくれた。これからの世代にはその思いを引き継いで活動してほしい」

 一昨年の秋、マネジャーだった当時2年の神崎理子さん(18)と牧野さんは、翌年の最後の夏の大会に向けた千羽鶴に入れる文字を考えていた。0期生に教わったあいさつや礼儀をさらに次へと引き継ぎたい。「継」にすると決めた。

 脈々と引き継がれるはずだった「伝統」は、新型コロナの感染拡大で途絶えかけた。昨年2月から臨時休校などで約4カ月間練習ができなかった。牧野さんは「一緒に練習ができず、新入生に野球部の精神を自分たちが伝えるのは難しかった」と振り返る。

 そんな中で、「伝統」を次の世代に伝えたいという思いはさらに募っていった。神崎さんは「部としての歴史がない私たちが練習できるのも当たり前ではない。そのありがたさはコロナで再認識した。0期生や1期生が基礎を作ったという責任も千羽鶴に込めた」。保護者などの協力も得ながら、昨夏の大会前に千羽鶴を完成させた。

 今、千羽鶴は朝西監督が教授を務める羽衣国際大学の研究室に飾られている。

 「こんにちは!」「よろしくお願いします!」。羽衣学園のグラウンドでは、0期生や1期生のことを知らない新1年生の大きなあいさつが響く。創部メンバーの精神は新しい世代に確実に受け継がれている。(甲斐江里子)

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