スピード以外に個性 山雅スカウト語る前田大然獲得秘話

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吉田純哉
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 「あの時、随分でかいこと言ってたよな」。東京オリンピック(五輪)のサッカー日本代表のメンバー発表を見届けると、J2松本山雅FCの江原俊行スカウト(50)はLINEした。「自分もはっきり覚えています」。そう返してきたのは、晴れて選出されたJ1横浜F・マリノスのFW前田大然(23)だ。担当スカウトとして、前田の松本入りを後押しした。無名の高校生をなぜ獲得したのか。その舞台裏を明かした。

 「加入会見で、『自分は東京五輪世代』という言葉を口にしたんです。全くの無名ですからね。何を言っているんだ、でかいことを言うなあというのが印象に残っています。本当に五輪に入って、うれしかった。『実現した大然はすごいよ』とLINEしました」

 今でも忘れられない。2016年1月8日にあった山梨学院高校での加入報告会見。今と同じ坊主頭の前田は「東京五輪世代なので、日本代表をめざして頑張ります」と語った。高校3年まで年代別の代表に選ばれたことはない。獲得に乗りだしたJクラブも松本だけだった。

 「僕らは代表歴を基準に獲得の判断をしているわけではない。ただ代表キャリアのある子は先が見える部分がある。大然は日の丸も着けたことがない、高校選手権の全国大会も出場していない、戦っていたのは関東のプリンスリーグだけだった。プロはスピードだけで通用するのか分からない世界なので」

 前田を知ったのは15年夏、一本の電話からだった。山梨学院高の監督だった吉永一明さん(現アルビレックス新潟シンガポール・テクニカルダイレクター)から「プロ志望の子がいるから見てくれないか」と頼まれた。情報収集すると、興味深い素材だと分かった。その年の8月下旬、プリンスリーグ関東の試合に足を運んだ。

 「スピードは驚異的で、これは面白いね、と。山雅は、高卒は積極的にとっていなかったけど、一芸があった。スピードはうそをつかないので」

部活動禁止の過去も把握

 吉永さんに、前田の練習参加を約束した。前田が高校2年時には規律を乱して部活動禁止になっていたことは知っていた。

 「なるべくそういう目で見ないようにしていたし、全く気にならなかったですね。気になる態度も出なかったし、ちゃんと心を入れ替えてやっているなと。子どもは年齢が若ければ若いほど変われるものだと思っているから」

 前田は11月中旬、練習に5日間参加した。そして当時松本の監督だった反町康治さん(現日本サッカー協会技術委員長)にも合否の判断を仰ぐことになった。

 「今はちょっとうまくなったんですけど、全然下手でボールがおさまらなかった。ボールがおさまるなら、『絶対にとった方がいい』と推せるんですけど。監督の続投もほぼ決まっていた。評価がネガティブだと、チームに入ってきた時にハンディになるから」

 すぐに合格には至らなかった。11月下旬に2日間の「追試」が行われた。プロがだめなら大学進学に切り替えないといけない。決断を下す時間が迫っていた。反町さんは一言。「いいんじゃない」。強化担当に最終判断を委ねる時に出る「悪くねえな」ではなかった。高い評価だった。

 「反町さんは慎重だから、『もう1回見たい』となった。大然からも時期的にラストチャンスかもしれないと、意気込みが伝わってきた」

 クラブが前田との仮契約を結んだのは12月中旬のことだった。高卒新人としては遅かった。

反町監督の高評価はスピードだけではない

松本山雅FCを当時指揮していた反町さんが2回の練習参加で見極めていたものがあります。高く評価したのはスピードだけではありません。ある振る舞いが獲得の決め手の一つとなったそうです。前田は松本に加入してから、着々と成長しました。そしてJ1横浜F・マリノスへ移籍する理由を、江原スカウトに語りました。

 「反町さんは『あいつは速い…

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