背番号1の裏に歴代エースの言葉 顔知らぬ先輩でも力に

甲斐江里子
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 阿武野(高槻市)の「背番号1」の裏には、歴代のエースが自分の名前と思い思いの言葉を書き込んでいる。今年のエース大和虎士郎(やまとこじろう)君(3年)は先輩たちの気持ちも背負って、夏の大舞台に立つ。

 今春の大会前、部員全員が体育館前に集まり、大会のメンバーの発表があった。渡辺剛士監督から一番最初に名前を呼ばれたのは大和君。人生で初めてエースナンバーを受け取った。

 「強い気持ちを!」「全力投球」「一人はみんなのために みんなは一人のために」。表に写らないよう、「1」の番号の裏にだけ書かれた言葉や名前。一番古いのは1999年で大和君の生まれる前だ。顔も知らぬ先輩たちの言葉だが、身が引き締まる思いがした。

 やっともらった背番号1を手に、軽い足取りで自宅に帰った。すぐに母に見せた。2人で背番号の表も裏も写真を撮り、さらには背番号を縫い付けたユニホーム姿の記念撮影もした。「がんばってこい」。母にも背中を押された。

 大和君が投手を始めたのは高校に入ってからだ。同学年に投手経験者がほとんどおらず、やりたい人を募集していた。「最初はおどけて手をあげた」。それでも、顧問からは「投げる力は学年一」と推されて、本格的に投手としての練習を始めた。

 最初は直球しか投げられなかった。ストライクも入らない。速度も100キロに届かない。体が硬く、投げると窮屈に感じた。ストレッチをして、OBのトレーナーに見てもらいながらフォームを固め、ネット上の動画で投げ方を学んだ。

 何か変化球を投げられるようになりたい。当時3年生だった投手の先輩に「何が一番簡単な変化球ですか」と尋ねた。先輩はチェンジアップを教えてくれた。動画を見て練習するのとは大違いで、すぐに納得できる球を投げられるようになった。1年生最後の練習試合では三振を取れた。

 昨秋、自分たちの代になると大和君は練習試合で先発で投げられるまでに成長した。「秋の大会もいけるやろ」と自信があった。しかし大会直前、右手の指を痛めた。昨秋の大会の背番号は8だった。

 春の大会でもらえたエースナンバーがうれしかった。ユニホームを着ると背筋が伸びた。意気込んで臨んだ大会初戦だったが、大量失点して途中降板。終わってみれば0―12の五回コールド負けだった。「ぼろぼろに打たれて最悪やった」。敗退後すぐに新型コロナの影響で部活は休止になった。

 大和君は家でシャドーピッチングをしたり、友達とキャッチボールをしたりして感覚を維持しようとした。

 渡辺監督は「大和はコロナ中も自主練習にしっかり取り組んでいた。自分のピッチングができたら試合を作れるはず」と、この夏もエースナンバーを託す。

 書かれた数々の言葉の中で大和君が一番気に入っているのは「自分らしく」。どんなときでもチームの雰囲気を作るのがエースの仕事だと思っている。常に笑顔でマウンドに立つのが大和君なりの自分らしさだ。「夏は背中に背負った先輩たちに恥じないピッチングをする」(甲斐江里子)