人間国宝に4氏 琉球舞踊立方の宮城さん・志田さんら

神宮桃子 井上秀樹 向井大輔
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 文化審議会は16日、重要無形文化財保持者(人間国宝)に、琉球舞踊立方(たちかた)の宮城幸子さん(87)と志田房子さん(84)、茶の湯釜の角谷勇圭さん(78)、人形浄瑠璃文楽人形の桐竹勘十郎さん(68)の4人を認定するよう文部科学相に答申した。琉球舞踊立方は新たに重要無形文化財に指定される。保持者の認定も初めて。今回の認定で人間国宝は114人(うち1人は重複認定者)になる。

 また、文化財保存のための選定保存技術の保持者に、表具用木製軸首製作の花輪滋實(しげみ)さん(73)、美術工芸品保存箱紐(ひも)(真田紐)製作の市村藤一さん(92)、在来絹製作の志村明さん(69)、規矩(きく)術(近世規矩)の青木弘治さん(66)、表装建具製作の村上潤一さん(58)、漆工品修理の北村繁さん(49)の6人を認定するよう答申した。

 このほか、コロナ禍で文化財の継承に影響が出ているとして改正文化財保護法で創設した登録無形民俗文化財に、「讃岐の醬油(しょうゆ)醸造技術」(香川県)と「土佐節の製造技術」(高知県)の2件を登録するよう答申した。従来、無形の文化財は指定制度しかなかったが、登録制度でより幅広く保護する狙いがある。

 文化審議会はさらに、登録有形文化財(建造物)に、「道徳公園クジラ池噴水」(名古屋市)や「大阪府庁舎本館」(大阪市)など220件の建造物を登録するよう答申した。

 人間国宝に認定される人は次の通り。(敬称略)(神宮桃子)

志田房子さん「貧しさの中でも豊かな心」

 ゆっくりと、心にフィットする音楽と歌詞に沿って穏やかに舞う。琉球舞踊を始めて80年、琉球王国由来の古典も明治以降にできた雑踊(ぞうおどり)も血肉と化した。家事の最中も踊り出すほどに。

 那覇生まれ。「自分ができなかったことをさせたい」母の意向で、3歳から習った。戦後、ドラム缶の上で踊ると、周囲から手拍子が起こり、踊りの輪が広がった。戦争体験者として強い思いがある。「舞踊をやっていたことで、貧しさの中でも豊かな心を持ち得た。先生方が残した、無形なものはしっかりと残るんだ。一人一人が心の中で育てれば何も負けない」

 大人になり、公演で多忙が続いた。結婚して2児を授かり、1968年に夫の出身地東京へ移り住む。舞踊は「やめるつもりだった」のに、テレビ放送で踊ったのを機に依頼が相次いだ。個人では初となる琉球舞踊の人間国宝認定に「いつの日か通れる門が開けたんだ、と若い人の励みになる。一人でも多く教えてさしあげたい」と話す。

 舞台公演はオーディションを受けているつもりで立つ。「もう1回見たいと思う方がいれば、と一生懸命踊ります」という心構えだ。また、新人のような日々が始まる。(井上秀樹)

桐竹勘十郎さん「人間にはできない動きも」

 父の故・二世桐竹勘十郎さん、今春に現役を引退した師匠の吉田簑助(みのすけ)さんに続く人間国宝の認定に、「身の引き締まる思い」と重責を痛感している。

 江戸時代に大阪で生まれた人形浄瑠璃文楽は、1体の人形を3人で操る。世界でも類を見ない高度な芸だが、その分、長い修業が求められる。この厳しく果てしない人形遣いの世界へ飛び込んだのは、14歳のとき。名人と称された師匠のもとで女形を磨き、父からは立ち役(男役)の薫陶を受けた。

 「人形は人間にはできない動きもできる。非常に難しいけれど、その工夫が楽しい」。入門から50年以上が経ち、最近ようやく楽に人形が動くようになった。「義経千本桜」の狐忠信や「絵本太功記」の武智光秀のように、この人が遣うと、驚くほど豊かに人形に「命」が宿る。

 新作をつくって子どもたちに見せたり、他分野の人たちと一緒に公演したり。文楽の普及のためなら、どんな苦労もいとわない。今後は後進の育成により一層力を入れたいという。「文楽を好きになる。それが上達の一番の近道やと思います。若い人にはもっともっと好きになれと、偉そうに言うてます」(向井大輔)