0―41で惨敗の野球部へ 一からやり直す自分と重ねて

木村浩之
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 10日の西東京大会。初戦に臨んだ都立瑞穂農芸(東京都瑞穂町)の二塁手・今村一輝(いっき)(17)は、高校球児が使う硬式用ではなく、軟式用のグラブで試合に臨んだ。自宅に引きこもっていた中学生の頃、部屋で毎日眺め、磨いてきた「相棒」だ。柔らかい素材の軟式用だから、強烈な打球を捕ると手が痛んだ。それでも、「野球をやっていると感じられた」と笑顔を見せた。

 中学2年の秋、先輩との人間関係に悩み、学校に行かなくなった。午後に起きて、ゲームやマンガで時間をつぶす毎日。野球部の練習にも行かず、野球から遠ざかった。通信制の高校に進んでも生活は変わらなかった。

昨夏中止きっかけ、高校入り直した

 だが、そんな日々が少しずつ嫌になり、野球をしたいという気持ちも芽生え始めた。知人の紹介で社会人チームの練習に参加。月に数回でも、体を動かすと前向きな気持ちになれた。

 そして昨夏、甲子園大会が中止になったことが、大きな転機となった。「最後の夏のために頑張った3年生はつらいだろうなあ」。そう思いながら、自ら野球から遠ざかっている自分を省みた。「これでいいのか。高校に入り直し、またみんなと野球をしたい」。気持ちが定まった。

 登校時間が早い全日制ではなく、定時制を探すなかで、瑞穂農芸の野球部が一昨年の都大会で0―41と惨敗し、悔しさを晴らそうと猛練習を積んでいると知った。一からやり直す自分と重なった。「ここで野球をしたい」

 入学後すぐに野球部に入ったが、本格的に野球に打ち込むのは約4年ぶり。慣れない硬球に、最初のころは太ももにボールを当ててアザをつくったり、爪も黒色に変色したり。それに、定時制は夜の授業で、その前後に練習に取り組まなければならない。

 でも、引きこもっていたころにはなかった、仲間との交流が背中を押した。今村は定時制の1年生だが、年齢的には全日制課程の3年生と同級生だ。でも、部員たちはそんな経歴を気にする様子もなく、守備でミスをすれば「年下の先輩」から遠慮なく「何やってるんだ」とげきが飛び、野球が上手でない「年下の同級生」からは教えを請われた。泥だらけで白球を追った後は、みんなで帰宅した。

「最初で最後の公式戦」で打点

 周囲のサポートもあった。定時制課程教諭の藤本清隆(34)だった。シートノックに付き添い、授業後は校庭の照明をつけ、100本以上の打撃練習の相手を務めた。野球を続けるうち、今村は徐々に授業態度が積極的になり、発言が増え、あいさつの声も大きくなったという。藤本教諭は「仲間ができたことが大きかったのだろう」とみる。

 母親の麻帆(39)も息子の変化を感じ取っていた。家にこもっていたのが、毎日休まず、自転車で30分近くかけて学校に通う。「一生懸命に目標に向かう。まるで別人みたいです」

 日本高野連の選手資格の規定の年齢制限により、今年が最後の夏だ。「最初で最後の公式戦」となった10日の試合。敗退したが、今村はチーム唯一の打点を記録した。今後も部に残り、マネジャーとして後輩たちを支えていくつもりだ。(敬称略)(木村浩之)