現役への未練あるけど…監督は4年生、後輩たちのために

安井健悟
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 「力抜いて!」「ここから立て直そう」

 全国高校野球選手権愛媛大会の初戦に臨んだ新居浜高専(新居浜市)のベンチで、4年の清水翔太が声を張り上げていた。清水は「学生監督」だ。

 新居浜高専は技術者を養成する5年制の学校だ。野球部員は二つに分かれる。1~3年生は県高野連に、4、5年生は四国地区大学野球連盟に所属する。

最後の夏、仲間とも会えず

 2年だった一昨年の夏、清水は愛媛大会の初戦で先輩たちが6点差をひっくり返して勝ったのをベンチから見て、かつてない興奮を覚えた。「高校の夏は特別だ」と感じた。

 だが3年になったばかりの昨年4月、部長の間淵通昭(52)から電話があった。「8月まで全校でオンライン授業をする。原則として登校は禁止。夏の大会に出るのは絶望的だ」

 新居浜高専は生徒の3割が寮生活。春休みで帰省していた生徒らが戻ると、感染拡大のリスクが高まるとの判断だった。

 すでに練習は中止されていた。実家暮らしの清水は練習再開に備え、毎日走ったり、グラブの手入れをしたりしていたが、やめた。オンライン授業の出席報告だけすると、ゲームをして過ごした。一日、布団から出られない日もあった。母親の昌子(44)によると「心にぽっかり穴が開いたようだった」。

新主将に呼び出され

 最後の夏は、仲間たちとグラウンドで会うことさえないまま終わった。

 学校が再開した秋。高校チームで新しく主将になった当時2年の矢野孝景からグラウンドに呼ばれた。現役メンバー13人がずらりと並んでいた。

 「翔さん、監督になってください!」

 後輩たちも練習を半年間できず、チームがまとまらなかった。「翔さんなら、チームの空気を明るく変えてくれるはず」。1年からベンチ入りし、エースでムードメーカーだった清水に、矢野は期待していた。

 清水はいったん断った。学業との両立に不安があったのに加え、選手としてプレーをすることへの未練もあり、大学チームでもう一度、と思い始めていた。

 でもやっぱり、つらい思いを共にした後輩たちを放ってはおけなかった。

 今年3月の春季大会で、監督として初めて勝った。終盤での逆転勝利。「選手として出ていたら、もっと面白かったやろうな」と思った。

 高校チームでバッテリーを組んでいた一色京介(19)は、いま大学チームで野球を続けている。3年で野球は終えるつもりだったが、最後の大会に出られなかったのが悔しくて、やめられなかったという。

 清水も現役への未練がなくなったわけではない。でも、監督として臨む高校野球の面白さも感じるようになった。作戦が当たれば気持ちいい。投手の球が走っていないと「冬場にもっと走り込ませておけばよかった」などと反省する。現役時代になかった「試合勘」も身についてきた。

 監督として初めての夏は初戦で敗れた。だが清水は試合後、「あの『夏』の雰囲気を思い出した。とにかく楽しかった」と、明るかった。失いかけた野球への情熱が、またよみがえった。=敬称略(安井健悟)