被災地に心動かされて現役復帰 捕手・峰幸代の胸にある「復興五輪」

ソフトボール

井上翔太斉藤佑介
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 ソフトボールは27日夜、日本と米国による決勝が横浜スタジアムで行われる。日本のメンバーには、被災地への思いを胸に刻んだ選手がいる。

 「引退していた期間中、最も印象に残っていること」を聞かれると、ソフトボール女子日本代表の峰幸代トヨタ自動車)は即答した。「東日本大震災の復興支援で岩手県岩泉町に行って、オリンピアンとして地域のミニ運動会に参加したことです」

 2008年北京オリンピック(五輪)で捕手として金メダルを獲得した後、世界選手権でも2度の優勝を経験。輝かしい経歴の一方、「世代交代も進んでいるし、自分としてはおなかいっぱい」と、14年シーズン限りで競技から離れた。

 指導者資格を取得したり、元日本代表監督の宇津木妙子さんと全国でソフトボールの普及活動に携わったりする中、日本オリンピック委員会(JOC)が主催する復興支援イベントにも加わった。

 15年9月。「五輪」にちなんで5チームに分かれて行われた現地でのミニ運動会では、大玉転がしや手つなぎ鬼などで、100人を超える住民とふれ合った。「オリンピックの活躍を見ていました、と言ってくれて、スポーツの力の大きさを感じた」と峰。その後は津波の被害を受けた地区を訪ね、地元の住民から話を聞いた。

 峰とともにこのイベントに参加し、北京五輪ではチームメートだった馬渕智子さんも、当時の様子をよく覚えている。

 「前日の夜、一緒に温泉に入ったんです。2人で色々しゃべっているうち、峰には『いま、色んなことに挑戦できて楽しい』という思いの一方で、『ソフトボールに戻りたい』という気持ちも感じました」

 当時は野球・ソフトボールが、東京五輪で復活すると見込まれていた。峰は「もう一度、オリンピックのメンバーになりたい。メダルの価値は、あのときに気づいた」という。現役復帰を決めた。

 19年末から、日本代表の合宿に合流した。宇津木麗華監督は「(二枚看板の)上野と藤田のことをよく知っている。北京でも、勇気のある配球をしていた。他の捕手にも経験を伝えてほしい」と代表入りの意図を説明した。峰は「ベンチの雰囲気、選手の表情といった色々な人の変化を見ることが得意。いつもと違うことがあれば見つけて、話したい」と自身の役割を理解している。

 東京での五輪開催が決まったときに言われた「復興五輪」は、「新型コロナウイルスに打ち勝った証し」に変わり、今ではほとんど耳にしなくなった。さらに試合は一転、無観客に。ただ、福島での一戦を終えた後、峰は言った。「色んな人たちの思いが集まって、私たちはプレーできる。その思いは伝わっていると、福島の方々に分かっていただけたら、うれしい」井上翔太斉藤佑介