88歳の女子高校生、「90代の大学生活」夢見たけれど

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及川綾子
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 87歳で定時制高校に入学した大森みどりさん(91)は、4年前の88歳の誕生日、孫世代のクラスメートから思いがけないプレゼントをもらいました。大森さんは当時、戦争によって奪われた「学生生活」を取り戻そうと、忙しい毎日を送っていました。

「女に学問はいらない」

 大森さんは1929(昭和4)年、6人きょうだいの長女として生まれ、3歳の時に伯母の養子になった。養父から「女に学問はいらない」、「学校なんて行かなくていい」と赤ん坊の子守を命じられた。小学校には5年生までしか通えなかった。

 45年2月、東京・南千住の自宅が空襲で焼かれ、養父母と茨城県の親類のところに身を寄せた。約2週間後、養父が突然病気で亡くなった。終戦当時15歳だった大森さんは、慣れない農作業を手伝ったり、国鉄で電話交換手として働いたりして、一家の柱となり養母を養った。「学ぼうなんて考えもしなかった」

 22歳の時に結婚し、3人の子どもを育てた。自閉症の長男と働けるようにと48歳で、地元の東京都足立区にカレー屋を開き、30年以上切り盛りした。

「やり残したことは」自問自答

 その後、夫が先立ち、三回忌を終え、やり残したことは何かを自問自答した。「今だったら、誰にも邪魔されず、思い切り学生生活が送れる」と、2014年、84歳で夜間中学に入学した。戦争で味わえなかった学生生活に憧れていた。

 中学では親身になってくれる恩師にも巡り合った。一問一問、ゆっくりと分数の問題を解く大森さんの隣でつきっきりで教えてくれ、学ぶ楽しさをかみしめた。

 「ここまで来たなら、高校も行きたい」と、87歳で足立区定時制高校に進学した。

 クラスメートは10代ばかり。国語と英語は得意科目だった半面、苦労したのは数学だった。「右から聞いて左から忘れていく」。いざテストを前にすると頭が真っ白になった。月2万円を払い、個別指導塾でも学んだ。学校では同世代で通う友人もでき、給食の時間に語らう楽しみも生まれた。

「ありがとうございます」一礼すると…

 米寿を迎えた日の出来事は、高校生活で最も印象深い。国語の授業で「米寿の語源を話したい」と提案したところ、ぜひやってほしいと言われた。

 孫世代のクラスメートを前に…

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