「帰りたい」泣いた留学生が主将に 努力重ね、得た信頼

安井健悟
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 大阪偕星(大阪市生野区)の野球部寮。昨年夏のある夜、食堂に部員が集められた。

 「キャプテンはダビッドにしたい」

 監督(当時)が言うと、おおっ、というどよめきや拍手が上がった。だが、監督らが去ると誰かがつぶやいた。「ドミニカ人やのに、できるんか」

 日本生活はまだ1年余り。同じことは、本人も思っていた。

「家族に楽を」15歳で来日

 ダビッド・バティスタ・モレノ(3年)は留学生だ。野球が盛んなドミニカ共和国では特に目立つ選手でなかったが、縁あって故郷の友人と共に大阪偕星スポーツコースへの入学が決まった。

 5人きょうだいの長男。家族と離れるのはつらかったが、「将来は日本で稼いで、家族に楽をさせたい」と決意。15歳で来日した。

 練習は厳しかった。入部して数カ月間、試合に出してもらえず、一人で泣いたこともあった。「帰りたい」。スマートフォン越しに何度か言ったのを、母親のエバンゲリナ(31)は覚えている。「心の中でたくさんキスをしています」

 半年余り経ち、ようやく日本の生活に慣れてきたころ、新型コロナウイルスで生活は一変した。

 寮は閉鎖され、部員らは故郷に帰った。ダビッドはコーチのつてで社会人野球チームの施設を借り、筋トレや日本語学習を続けた。

 昨年6月に練習は再開されたが、夏の選手権大会は中止が決まっていた。

 当時主将だった山本聖也(18)は「甲子園がないなら、厳しい練習も意味がない」と感じていた。大阪独自の大会は初戦敗退。引退する山本は、ダビッドに託した。「お前はせっかく日本に来たんやから、最後まで諦めずにやりきれよ」

黙々と頑張る姿、戻ってきた仲間

 新チームになっても士気は上がらなかった。練習は厳しいのに結果が出ない。主力選手らはいらだち、練習から足が遠のいた。

 だが、ダビッドは違った。「ここでやめたら、日本に来た意味がない」。グラウンド整備や用具の準備も率先してやった。

 やがて仲間たちが練習に戻ってきた。宮武天海(てん)(3年)もその一人だ。「ダビが黙々と頑張る姿を、みんな見ていたから」

 主将に選ばれたダビッドは、日本語で指示を出したり、指導したりできるのか不安だった。コロナ禍でコミュニケーションの機会も減っていた。

 ダビッドはLINE(ライン)で後輩たちにどんな練習をしたいか聞き、登校中の部員を見つけては「疲れてない?」と聞いた。寮の風呂掃除などを後輩にさせる慣習もやめさせた。

 一方で、あいさつなど生活態度には厳しかった。「野球部全体として、みんなから応援されたいから」

 久保雄亮(2年)はそんなダビッドを慕い、悩みがあれば寮の部屋を訪ねる。「ダビさんの言葉なら、ついていこうって思える」

 チームに一体感が生まれ、練習試合で勝つことも増えた。笑顔の輪の中に、いつもダビッドはいる。

チームのみんなは「家族」

 迎えた16日の大阪大会初戦。対三国丘でダビッドは本塁打を放ったが、4対14で負けた。

 投手の南覇音(はおと)(3年)はダビッドに体をあずけて泣き崩れたが、ダビッドに涙はなかった。

 「しんどかったけど、最後まで頑張って良かった。チームのみんなは家族です」。すがすがしい笑顔だった。=敬称略(安井健悟)