父は初優勝時の胴上げ投手 背中追いかけたエースが感謝
(18日、高校野球北北海道大会 滝川西5-2旭川工)
二回表、序盤から制球が乱れた旭川工の塚目翔雲投手(3年)は、気持ちを切り替えた。目標は甲子園。緩急をつけた投球で、この回を3人で抑えた。
塚目投手の父・敬博さんは1991年、同校が甲子園に初出場した時の2番手投手だった。甲子園のマウンドでは投げなかったが、北大会決勝で登板。初優勝を決めて胴上げ投手になった。母の久美さんも当時、同校の1年生で、吹奏楽部員として甲子園のスタンドで試合を見守った。
そんな父の影響で、小2から野球を始めた。ポジションが投手になると、父は投球フォームのアドバイスをくれた。教わった投げ方を意識すると、変化球の制球が良くなり、カウントが取れるようになった。
背中を追いかけて同校に進み、野球部に入った。今年3月、修学旅行で憧れの甲子園を訪れた。「ここで投げてみたい」。甲子園のグラウンドに立った自分を想像すると、熱くなった。
この夏、投手陣の中から制球力の良さを見込まれ、背番号1を託された。父がなれなかったエース。重みを感じながらも、「チーム全員の気持ちを背負って投げる」と奮い立った。北大会1回戦では、6回1/3で10奪三振の好投を見せた。
「楽しんでやってこい」。父の言葉を胸に準々決勝のマウンドに立ったが、滝川西打線に甘い球を捕らえられ、五回で降板。「ここぞというところで打たれてしまった。悔しい」。親子二代での胴上げ投手の夢は叶わなかったが、支えてくれた父に「ありがとうと伝えたい」。ぐっとこらえて、言葉を紡いだ。(佐野楓)
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