百人一首で有名「蝉丸」まつる神社 倒壊危機で寄付募る

筒井次郎
【動画】百人一首の蟬丸まつる神社が危機=筒井次郎撮影
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 【滋賀】百人一首で知られる盲目の琵琶の名手、蟬丸(せみまる)をまつる関(せき)蟬丸神社下社(しもしゃ)(大津市逢坂1丁目)が、建物倒壊の危機にある。老朽化が進み、台風被害が拍車をかけた。来年は創建1200年とされ、「令和の大修復」を始める予定だ。費用をクラウドファンディング(CF)で募っている。

 滋賀・京都境の逢坂(おうさか)峠の近く。旧東海道と並行する京阪京津線の踏切のすぐ先に、神社がある。

 境内の奥まで進むと、屋根にシートをかぶせた建物が現れた。本殿のすぐ前にある幣殿(へいでん)と本殿を囲む回廊だ。中は天井板が破損し、雨漏りしているようだ。

 本殿も、屋根を葺(ふ)く檜皮(ひわだ)の腐朽が痛々しい。片面には銅板の仮設屋根を載せ、風雨をしのいでいる。

 「腐食が大きく進み、屋根が崩れ落ちそうになっています」と橋本匡弘(まさひろ)宮司(46)。「資金が足りないので、腐食の進行をなんとかとどめている状況です」

 回廊が本殿を囲い、参拝者が本殿の周りを一周できる極めて珍しい構造とされる。詳しい建造時期は不明だが、本殿と回廊は江戸時代とみられる。

 創建は平安初期の822年と伝わる。平安中期になると、歌人で琵琶法師の蟬丸が逢坂山に住んだ。没後に芸能の神としてまつられ、信仰を集めた。

 蟬丸は、百人一首の歌が有名だ。《これやこの行くも帰るもわかれては 知るも知らぬも逢坂の関》

 江戸時代になると三井寺の別所(別院)が管理し、諸国をめぐる舞踊や曲芸の芸人に免状を与えた。三井寺の権威を背に、各地での興行権を保証したという。

 しかし、こうした蟬丸信仰は近年衰退。2007年から宮司が不在になり、氏子の数も高齢化が進んで減った。境内は手入れがなされず、荒廃した。13年には台風で裏山の大木が倒れ、本殿を直撃した。

 復興への取り組みが始まったのは12年。県神社庁職員の橋本さんが宮司になってからだ。

 半壊状態だった社務所などを解体した一方、「芸能の祖神を蘇(よみがえ)らせる」を合言葉に、15年から毎年5月に「関蟬丸芸能祭」を始めた。地元企業や市民有志らが協力し、能や雅楽、ジャズなどを披露した。昨年はコロナ禍で中止したが、今年は11月の予定だ。

 「令和の大修復」にかかる費用は少なくとも1億円を見込む。建物は文化財に指定されていないため、行政からの支援はない。氏子や芸能祭の収益では賄いきれないため、CFで協力を求めることにした。

 橋本宮司は「創建以来、一番厳しい今を持ちこたえれば、芸能の神を次の世代につなげることができます」と協力を呼びかける。

 CFの目標額は本殿、幣殿、回廊の修復にかかる3千万円。工事は資金が集まり次第始める予定だ。

 CFは6月に始め、9月15日までA―port(https://a-port.asahi.com/別ウインドウで開きます)で寄付を募る。寄付額は今月19日現在で210万円余り。返礼品として、琵琶の名手にちなんだ楽器の弦や御神酒(ごしんしゅ)「蟬丸」などを用意する。問い合わせは関蟬丸神社復興支援奉賛会事務局(080・5706・2331)。(筒井次郎)