エヴァが最後にたどり着いた、自己犠牲の連鎖からの解放

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太田啓之
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 興行収入100億円を突破し、21日に公開を終える「シン・エヴァンゲリオン劇場版」。26年間にわたって続いたこの作品のクライマックスの感動は、どこからやってきたのか。「自己犠牲」という問題を手がかりに考えました。鍵となるのは松任谷由実の歌「VOYAGER(ボイジャー)~日付のない墓標」、SF作家の小松左京、そして「先の戦争」です。

(この記事は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の内容に触れています)。

 「ここでこの曲を使うのか!?」

 「シン・エヴァ」を公開2日目に初めて見た時、衝撃と共に心の奥のしこりが解けてゆくかのような感動を味わったのが、クライマックスシーンで「VOYAGER」が流れ始めた時だった。

 ファンの間では周知の通り、この曲は、SF作家の小松左京が原作を手がけ、自ら制作の陣頭にも立ったSF特撮映画「さよならジュピター」(1984年)の主題歌として作られた。これに先立つ戦闘シーンで使われた「惑星大戦争」(77年)のBGMと共に、「庵野秀明監督が昭和特撮映画に捧げたオマージュ」とみる声は多い。

 だが、「VOYAGER」が流れるのは「エヴァンゲリオンのいない新世界」の創造が始まり、主人公シンジが「さようなら、全てのエヴァンゲリオン」と独白するという、長い長いエヴァの物語を完結させる最重要シーンだ。庵野監督がこの場面に使用する曲を「過去の作品へのリスペクト」という動機だけで選ぶことはあり得ない。実際、SNS上では「エヴァのために作られた曲みたい」「まじでエヴァとリンクし過ぎてて泣ける」など、絶賛の声があふれている。

 なぜ、「VOYAGER」という曲はここまで、エヴァの物語と高い「シンクロ率」を示したのか。まずは「VOYAGER」の歌詞に向き合ってみよう。

 「傷ついた友達さえ置き去りにできるソルジャー」(中略)「忘れない 自分のためだけに生きられなかった淋(さび)しい人」

 「ジュピター」は戦争を扱った物語ではない。にもかかわらず「ソルジャー(兵士)」という言葉が使われているのは、作品自体が「戦争」に限りなく近い雰囲気を有していることを、作詞家が敏感に感じ取ったからだろう。過酷な状況の中、自らの身はもとより、大切な友人のことさえ顧みず、「見知らぬみんな」のために戦わざるを得なかった人のイメージが浮かぶ。

 「冷たい夢に乗り込んで宇宙(あおぞら)に消えるヴォイジャー」「いつでも人々を変えるものに人々は気づかない」「行く先はどれぐらい遠いの」「もう二度と戻れないの」

 人々の運命を変えるために、二度と戻れないであろう旅立ちをした無名の人。「冷たい夢に乗り込んで宇宙に消える」という言葉は、彼の目指した夢が「自らの心を燃やせる熱い夢」とは対照的な「自らの冷たい死へとつながる夢」であったことを暗示している。そう、この歌は多くの人々の運命を変えるために、自分の命を捧げた人へのレクイエムなのだ。

 「さよならジュピター」は22世紀の未来、太陽に突入してくるブラックホールの進路を変えるため、人類が総力を挙げて木星を爆発させ、ブラックホールの進路を変える、というシンプルな枠組みの物語だ。そこには「太陽系を救うために消えてゆく木星」と「計画を成功させるため、木星と運命を共にする主人公英二」という「二重の自己犠牲」が組み込まれている。

 「シン・エヴァ」のクライマックスでも、人類補完計画を阻止するための「槍(やり)」をシンジに届けるため、ミサトは自らの身を犠牲にし、シンジも人々の運命を変える「新たな世界」を創造するために、自らの身体に槍を突き立てようとする。「ジュピター」と「VOYAGER」と「シン・エヴァ」は、「危機に瀕(ひん)した人々の運命を変えるための自己犠牲」という中心部分を共有する、同心円的な構造でつながっている、と言える。

 しかし、同心円の関係にあるのは、これら三つの作品だけではない。

 福島県立医大教授で、SF研…

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