徳川光圀も食べたラーメン、忠実に再現 途切れぬ気持ち

林瞬
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 【茨城】黄門さまこと水戸藩主・徳川光圀は、日本人で最初にラーメンを食したとの言い伝えがある。「水戸藩らーめん」は、水戸の有志の手で、光圀が食べたものを忠実に再現することを目指し、1993年につくられた。

 川崎製麺所(水戸市東大野)を営む川崎一男さん(70)によると、同市の調理師だった故・大塚子之吉(ねのきち)さんが、文献を調べる中で、光圀が僧侶の日乗に「うんどんのごとくにて、汁ヲいろいろの子ヲ入テかけたる物」を振る舞ったという記録を発見。水戸市内の飲食関係者の有志で、バブル崩壊直後で活気を失っていた水戸の起爆剤にならないかと一念発起した。

 光圀は、明の儒学者朱舜水を重用。ラーメンも、朱舜水から伝授された物だと考えられている。

 史料から、当時の中国ではレンコンを粉末にした「グーフン」を小麦粉に混ぜて麺や皮をつくっていたこと、また朱舜水はグーフンを長崎から取り寄せ、光圀に献上していたことなどがわかった。

 知人の大塚さんに「本当のことをやらないとだめだよ」と言われた川崎さんは、試行錯誤を重ねた。レンコンをすり下ろしてそのまま入れてみたり、麺をつくるのに欠かせないアルカリ性の「かん水」を木灰からつくってみたり。レンコンの粉を入れた麺は、なめらかさが出て、ぷりぷりな歯ごたえになった。

 光圀はラーメンに必ず「五辛」という香辛料を添えていた。当時のものは特定できなかったが、現在では、ショウガ、ネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウを使っている。これが水戸藩ラーメンのキモだ。

 2代にわたり水戸藩らーめんを提供している「石田屋」(水戸市柳町1丁目)。3代目の石田裕子さん(46)の父、故・進さんは、川崎さんらとともに開発に携わった。石田屋の水戸藩らーめんは、鶏ガラのだしを使ったあっさりしょうゆスープに、鶏チャーシュー、シイタケが入っている。

 麺はコシがあり、これまたちょうどいいぷりぷり感だ。五辛を舌で感じると、味わいががらっと変わる。裕子さんが「毎日食べられるラーメン」という通り、飽きることがないようなスープと麺だった。

 開発当時は水戸市内だけで13軒の飲食店で提供されていた水戸藩らーめんだが、今は2軒のみ。後継者がいなかったり、コロナ禍の影響で減ったりしたという。しかし、川崎さんや裕子さんの水戸藩らーめんへの気持ちは切れることがない。

 川崎さんは、「もしどこも出さなくなったら、うちが工場の前に店をだそうかと思って」。父から店を受け継いだ裕子さんも、「この味を無くしてしまうのがもったいないと思った。自分にとって、おふくろの味なので」と話してくれた。(林瞬)

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 石田屋 水戸市柳町1丁目6の23。水曜定休。電話029・226・8966。水戸藩らーめんは800円。川崎製麺所(水戸市東大野2163の1)でも「水戸藩らーめんセット」(1箱1030円)を販売。いずれも税込み。