仲間の優しさに「応えたい」 病気乗り越え、強気の心

吉村駿
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(19日、高校野球京都大会 東宇治5-6京都共栄)

 九回裏、同点に追いつかれ、なおも1死満塁のピンチ。本塁でアウトにするため、東宇治は前進守備を敷いた。「守ってやるから、打ってこい」。二塁手の竹岡翼君はそう思った。

 打球は、竹岡君の正面に転がった。確実に捕球し、本塁へ送球したが「焦ってしまった」。一塁側にそれ、三塁走者が生還。サヨナラ負けを喫した。竹岡君は帽子を取り、ぼうぜんと相手の歓喜の輪を見つめた。

 一昨年の京都大会。1年生だった竹岡君は病院にいた。その年の7月上旬、練習を終えて帰宅途中、急な頭痛に襲われた。帰宅後、頭の痛みはさらに悪化し、吐き気にも襲われた。「気がついたら病院のベッドの上だった」。脳内出血と診断され、手術を受け、約1カ月半入院した。

 入院中に体重は63キロから52キロまで落ちていた。リハビリでは、簡単な言葉を話す練習や、書く練習を繰り返すことから始めた。「もう野球は厳しいのかな」と諦めかけたこともあった。

 退院し、9月に学校に戻ると、福川晴(はる)主将らが、「待ってたぞ」とすぐに声をかけてくれた。「その気持ちに応えたい」と、11月には球拾いやキャッチボールで練習に復帰した。

 久しぶりの打席には、「頭に球があたったら死ぬかも」と恐怖が先に立った。内角の球に踏み込む練習をして、少しずつ恐怖心を克服していった。今では「死球は、ラッキー」と思うほど、強気に踏み込めるようになった。

 この日の試合は、4打数無安打に終わった。だが、三回のピンチでゴロを処理。炎天下で力投する投手の福地大起君をもり立て、五回の一時逆転への流れを作った。だからこそ、最後の場面には悔いが残る。竹岡君は「最高の仲間と最後の夏を戦えてよかった。最後の送球で自分がアウトにできていれば」。大粒の涙を流した。(吉村駿)