第5回激論、天王山の3日間 「呉越同舟」の亀裂を埋めた物語

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編集委員・豊秀一
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テミスの審判⑤ デザイン・甲斐規裕
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 法曹人口の増員、法科大学院、陪審・参審制、民事・刑事裁判のスピードアップ……。司法制度改革審議会会長の佐藤幸治(84)には、一見ばらばらに見えるこれらのテーマを束ね、立場の違う委員たちの合意をとりつける「物語」が必要だった。配られた会長試案は、130年前に迎えた近代国家としての夜明けから書き出される。キーワードは「法の支配」だった。

ギリシャ神話の女神「テミス」は両手に天秤と剣を持つ。司法の公正さと正義を表す象徴だ。司法制度のあり方を考える「テミスの審判」第1部では、司法制度改革審議会の会長を務めた佐藤幸治の歩みを軸に、改革の背景を探る。連載最終回。

 1999年7月にスタートした司法制度改革審議会は当初、「呉越同舟」「同床異夢」とみられていた。改革が必要な理由も、改革すべき対象も、委員の立場により異なっていたからだ。規制緩和のための司法インフラの整備が目的なのか、それとも「官僚司法」を打破して司法を民主化することが目的なのか……。

 例えば、経団連が主に求めたのは、法曹人口の大幅増加や裁判の迅速化、民事執行の充実など民事裁判のインフラ整備だった。刑事裁判や国民の司法参加にさほど関心はない。

 一方、日本弁護士連合会は、裁判官制度を「最高裁を頂点とする官僚司法」と批判し、弁護士から裁判官になることを原則とする「法曹一元」の実現を掲げ、陪審・参審制の導入を前面に打ち出した。批判の矢面に立つ最高裁とは当然、緊張関係が生じた。

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司法制度改革審議会で意見書を佐藤幸治会長から受け取る小泉淳一郎首相=2001年6月12日、首相官邸

 こんな場面があった。

 2000年8月9日。会長の佐藤幸治(84)が「天王山」にたとえた3日間にわたる集中審議で、最終日のテーマは「法曹一元」だった。1960年代の臨時司法制度調査会で事実上棚上げされ、日弁連が猛反発し、法曹三者の亀裂を深めた問題だ。

 

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司法制度改革審議会に出席した中坊公平氏=2000年3月14日、東京都港区虎ノ門1丁目

 法曹一元は、司法修習を終えるとすぐに裁判官になる判事補制度を廃止し、経験を積んだ弁護士を裁判官にする制度だ。社会の実情をよく知らない若者がいきなり裁く側になるのは問題だ、という考えが背景にはある。

 若手である判事補の資質が問題とされていることについて、裁判官出身の委員、藤田耕三(89)が厳しい口調で反論した。「判事補は世間知らずの非常識だとか、エリート教育で固まっていて庶民の心情を理解できないとか言われるが、実態をよく見てもらいたい、と現場の若い連中が言っている」

 批判の急先鋒(きゅうせんぽう)だった、元日弁連会長の中坊公平がいい放った。「おたくとケタが違うほど、裁かれる立場を今まで経験してきた。本当に裁判官というのはどうしようもない。我々の意思を理解する力もないし、能力もない」

 ほかの委員も巻き込んでエスカーレートする論争を、佐藤がなんとかおさめた。

 評価や意見が対立するいくつもの課題を、2年の期限でどうまとめるのか。会長の佐藤に問われていたのは、法曹一元や国民の司法参加など、一見ばらばらに見える問題を束ねる全体的な構想を打ち出し、委員たちの合意形成を図っていくことだった。孤独を感じることもあった。

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