祭典なのに…もやもや五輪、どうすれば 心理学者の答え

聞き手・西村奈緒美
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 東京五輪が開幕する。会場の大半は無観客だが新型コロナ対策を不安視する声は尽きず、振り返れば大会の主な関係者を巡る問題が次々と明らかになり、辞任していった。地元選手も出場する5年ぶりの祭典なのに、どんな心持ちで向き合えばいいのか……もやもやしている人も多いはず。社会心理学が専門の碓井真史(うすいまふみ)・新潟青陵大教授に聞いてみた。

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 ――東京五輪は、なお賛否が渦巻いています。

 五輪は4年に1度の「平和の祭典」ですから、大会が始まれば高揚感が生まれ「ニッポン、チャチャチャ」と声をあわせて応援する、という雰囲気がありました。これまでの大会でも会場を作るための再開発に反対する声や福祉に予算を回すべきだという意見がありましたが、一致団結のムードにかき消されていた。

 でも今回の大会は、これまでのやり方が通用しなくなっていると感じます。人は新しくて、目に見えないものを恐れます。ウイルスは可視化されないため、恐怖心が助長されます。インターネット上で多様な意見が流通していることもあると思います。

 ――私も、科学的な説明に安心することもあれば、感染者の増加をみて応援をためらう気持ちもあり、複雑です。

 心がざわつきますよね。矛盾する二つの認知を抱いた時、私たちはその不協和を解消するために、自分に都合のいい言い訳をして心の平穏を得ようとします。心理学では「認知的不協和」と呼びます。「無観客で感染リスクは減ったんだから、テレビの前で楽しむ分にはいいだろう」といった具合です。

 ただ、言い訳に固執したりしないために、「自分の意思で全てをコントロールできるわけじゃないんだ」と力を抜いてみるのも手ですし、「客観的なデータに基づいているだろうか」と自分の考えを冷静に分析してみる方法もあります。

 ――どうするべきか正解が分からないまま、もやもやしていていいのでしょうか。

 例えば、「運動会は中止になった。五輪だけ特別視するのは許せない」と思う人もいる。一方で、「運動会は中止になった。五輪も中止になったら子どもたちの楽しみがなくなってしまう」と考える人もいる。そして、どちらの感情も理解できる、という人だっていると思います。

 今回は、特別なイベントのために一致団結しようというのではなく、「(互いの考えを尊重する)紳士協定を結ぶ」という心の持ちようで五輪に向き合うのはどうでしょうか。協定を結ぶのは、国民も政治もメディアもです。

 行き過ぎた商業主義や政治利用など、五輪に対する様々な批判が噴出しています。それも含め、大会後にあるべき姿を議論し、改善していくべきでしょう。

 新型コロナ禍の中での五輪は、メディアの報じ方がいつも以上に問われると思います。感染リスクにおびえる人たちがいることを踏まえた上で、熱戦を伝えていく必要があるでしょう。感染予防をしつつ、選手たちの躍動を見て自然と心が動く。そんな環境になれば、心を解放できる人が増えるのではないでしょうか。(聞き手・西村奈緒美)

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 1959年生まれ。ヤフーニュースの「個人」のページで記事を書いている。タイトルは「心理学でお散歩」。新潟市のスクールカウンセラーも務める。