誤って高いトス…打たねば→世界がまねる新技に バレー、日本の発明

バレーボール

木村健一
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 バレーボールのネットの高さは男子が2メートル43、女子は2メートル24に及ぶ。身長は高いほど有利だ。日本は海外勢に比べて体格で劣る分、工夫を凝らし、数々の発明をしてきた。

 正式競技になった1964年東京オリンピック。「東洋の魔女」と称された日本女子は相手のアタックを倒れ込んで拾い、くるりと回ってすぐに起き上がった。大松博文監督がおもちゃの「起き上がりこぼし」をヒントにして考えたという「回転レシーブ」だ。粘り強い守りで相手の攻撃をしのぎ、金メダルを手にした。

 翌年の夏、日本男子のアタッカー、186センチの木村憲治はソ連遠征で、セッターのすぐ前で低いトスを打つ速攻「Aクイック」が決まらず、松平康隆監督に「チビはいらん」と言われた。

 そこで、セッターから2、3メートル離れたところから打つ速攻を考えた。セッターから離れる分、タイミングを合わせるのは難しい。「打ちにくいけれど、止められにくい」。練習を重ね、「Bクイック」を編み出した。

 さらに、銀メダルを獲得した68年メキシコ五輪後の秋。日体大の体育館で、森田淳悟はAクイックを打とうとしていた。しかし、セッターから誤って高いトスが上がった。「打たねば監督に怒られる」と、踏み切った後、ひざを曲げてこらえ、跳び上がった。

 この動きで、ブロックのタイミングを外せた。速攻とみせかけて、高いトスを打つ「一人時間差」が生まれた瞬間だ。セッターの後ろで打つ「Cクイック」や木村の「Bクイック」でも一人時間差を磨いた。

 72年ミュンヘン五輪。日本は多彩な攻撃で金メダルを獲得した。アタッカーだった野口泰弘は「何百通りものコンビネーションバレーで世界の高さとパワーに勝った」と振り返る。

 しかし、クイックや一人時間差は海外勢にすぐにまねされた。森田は松平にこう言われた。「バレーの技に商標登録があれば、お前は左うちわだった」。ミュンヘン五輪以来、メダルのない日本男子は、低迷が続く。木村健一