30年前出会った左官の芸術・鏝絵 改めて記者が訪ねた

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文・写真 佐藤陽
写真・図版
壁に描かれた鏝絵を前に、「大変だが、鏝絵を守っていかないと」と話す尾方勝子さん(左)と義弟の泰浩さん(中央)。右は、鏝絵の取材を45年続ける藤田洋三さん=大分県日出町
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 「鏝絵(こてえ)」という言葉を耳にされたことはあるでしょうか? 左官が鏝と漆喰(しっくい)を使い、家や土蔵の壁などに描くレリーフ状の絵のことをいいます。仕事をくれたお礼に花鳥風月を描き、一家の幸福や健康を祈る。江戸末期から明治期に盛んに作られ、「左官さんの芸術」ともいわれます。私(54)は入社した1991年、鏝絵に出会いました。30年が経ち、その「はじまり」も含めて、大分県静岡県訪ねてみました

斬新さ、ユーモアに引き込まれた

 取材のきっかけは、私(54)が初任地として大分県に赴任した30年前。同県別府市在住のカメラマン、藤田洋三さん(70)が教えてくれた。都会育ちの私は、鏝絵が発する斬新さやユーモア、左官さんの思いのようなものを感じ、引き込まれた。

 藤田さんは、大分県姫島の民家に描かれた「大」という文字を見つけて以来、その魅力にハマった。保存活動をしながら、カメラに収め続けた。気づいたら45年がたっていた。鏝絵に関する著書も数冊書き、雑誌の特集記事も担当した。

 30年前の取材では、大分県内の鏝絵を見るだけで終わってしまった。静岡県松崎町出身の名左官、入江長八(ちょうはち、1815~89)が、江戸末期から明治前期に鏝絵を芸術の域に高めたとされる。通称「伊豆の長八」。彼の郷里を訪ねてみたいと思った。

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