好況に沸いた東京五輪 「輸出の花形」陶磁人形の光と影

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鈴木裕
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 57年前の東京五輪開会式当日、やきものの街・瀬戸の工場では、欧米へ輸出する陶磁人形の絵付け作業が土曜日返上で続いていた。1964(昭和39)年当時、瀬戸ノベルティと呼ばれる陶磁人形の生産を記録した書類が、愛知県瀬戸市のメーカー「愛龍社」でみつかった。高度経済成長に走り出した時代、輸出産業の花形だったノベルティ産業の盛況ぶりを、同社の古池馨会長(87)と、絵付け職人の岡勝美さん(80)に聞いた。

五輪開会式当日も土曜日返上

 「昭和39年10月10日」の日付がある作業日報。絵付け作業をした製品名や製品番号、数、金額などの記載が残る。作っていたのは輸出用で、赤い衣装に金色の冠をかぶった「少年法王」のプランターだ。

 瀬戸ノベルティ文化保存研究会の中村さんによると、チェコの首都プラハにある「幼児キリスト像」をモチーフにした製品で、欧米のカトリック信者に人気が高かったという。

 「インファント(幼児=少年イエス)・オブ・プラハですよ。これはプランターですが、花器や置物もあった。この製品番号は、シカゴに行っていたものだ」。当時、営業を担当し、海外からのバイヤー(貿易業者)と商談にあたっていた古池会長は記憶をたどる。

 輸出貨物送り状によると、パナマ運河を経由してニューヨークに送られた。

 この年、同社からの輸出先は、米国、カナダ、英国、オランダベルギーコロンビア、グアテマラ、ベネズエラ、エルサルバドル、エクアドル南アフリカオーストラリアニュージーランドの13カ国37都市に及ぶ。

「メイド・イン・ジャパンとは書くな」。こう書かれた作業指示書も見つかりました。オリジナルの意匠開発と高い技術力が評価されていた瀬戸ノベルティに何が起きたのか、記事後半で紹介します。

 輸出用の瀬戸ノベルティは…

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