空疎に響く「多様性と調和」 大会理念、若き主役へ託す

編集委員・稲垣康介
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編集委員・稲垣康介

 観客のいない国立競技場に選手らが入ってきた。「密」を避け、距離を取っての行進が今を映す。

 開会式は、開催国がその歩みと文化の成熟度をアピールする晴れ舞台だ。今回の本番に至る迷走はいかなる差別も憲章で禁じる五輪ゆえに世界的な波紋を呼んだ。

 東京が掲げた大会理念の柱、「多様性と調和」が空疎に響く。

 1964年東京五輪の閉会式では、理想が花開いた。選手が列を組み、整然と歩くはずの行進で、各国選手が入り乱れ、肩を組み、グラウンドになだれこんだ。

 「国境を超え、宗教を超えました。このような美しい姿を見たことがありません。誠に和気あいあい、呉越同舟。なごやかな風景であります」。NHKの故・土門正夫アナウンサーは美しき「密」の光景をそう表した。大会標語の「世界は一つ」を象徴する「東京スタイル」は以後も受け継がれた。

 あれから57年。2代の首相からは、大会の成功を政権浮揚につなげたい思惑が透けて見えた。コロナ禍で緊急事態宣言が「日常」と化した人々は、五輪に怒りの矛先を向ける。大会を中止すると、巨額のテレビ放映権料を見込めなくなる国際オリンピック委員会拝金主義もあらわになった。

 ただ、夏冬合わせて8大会を現地で取材し、確信していることがある。スポーツは共通のルールの下、フェアに競う。たとえ言葉が通じなくても、生まれ育った背景が違っても、共感しあえる。

 2008年北京五輪では開会式の日に軍事衝突したロシアとジョージアの女子選手が射撃で銀メダルと銅メダルを手にした。2人は表彰台で抱き合った。「射撃という一見、戦争を連想させる競技でつながる私たちだけれど、2人の友情には何も立ち入れない」。あのときのジョージア代表は今夏、9度目の出場で旗手をつとめた。

 日本選手団の旗手の一人は八村塁選手で、聖火台に点火したのは大坂なおみ選手。複数の国にルーツを持つ選手も、グローバルに活躍する人材も増えている。

 コロナ禍で差別や格差が顕在化し、分断が叫ばれる時代にあって、国境の垣根を飛び越えて競い、認めあうアスリートは希望となる。多様性と調和の実現は、若き主役たちに託すしかない。(編集委員・稲垣康介