元劇団四季の芸術家、島根・安来にIターン 汰生喜さん

杉山匡史
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 6月の新月の夜。日本で最初に造られた宮と伝わる須我神社(島根県雲南市)の参道沿いの多目的店舗で、作家・三島由紀夫の戯曲「船の挨拶(あいさつ)」の一人芝居があった。

 演者は山陰両県などで舞台活動などをする汰生喜(たいき)さん(29)=横浜市出身。遠方の船に手を振りながら弾に撃たれ、終幕する瞬間、市の有線放送が流れた。現実に引き戻す演出、ではなく全くの偶然だったが、見守った客はかえって命のはかなさと意味を考えるきっかけになった。

 汰生喜さんは「愛と希望を生み出すアーティスト」を肩書に、安来市広瀬町でパートナーとお米や野菜を無農薬で育てながら、元小学校を活用した交流センターを拠点に活動する。3月までは横田高校で業務アシスタントをしながら演劇部を指導。現在は浜田高校でもミュージカルを手がける。奥出雲町の体験型施設の曲作りにも関わるほか、鳥取県日南町で星空をテーマにした曲と解説も作りあげるなど、活動や範囲は多彩だ。

 父親の転勤で小学3年生まで英国で過ごした。観劇で刺激を受けてミュージカルを始め、帰国後は劇団ひまわりに所属。東京芸術大卒業後は劇団「四季」の団員となり、「美女と野獣」「ライオンキング」などで様々な役を演じて芝居を際立たせる「アンサンブル」の一人として活躍した。

 26歳の時、演劇に対する自らの姿勢を見つめ直すために留学を決心。英国の演劇学校に進んだが、孤独感が増して思い悩んでいた。

 そんな時期、愛媛県で「地域おこし協力隊員」となる演劇関係者と仲良くなった。演劇をしながら自然の中でふつうの暮らしをすることに共感も覚え、帰国の気持ちが芽生えた。

 昨年1月に帰国。「移住体験プログラム」を活用して訪れた島根県で、奥出雲町雲南市に滞在した。3泊だけの予定だったが、自然に囲まれた生活の心地良さや楽しさも実感した。市在住の演劇関係者の好意もあって期間を延長。収入の保証はなかったが、今年4月から安来市で自営業としての芸術と農業を目指して一歩を踏み出した。

 「器用な俳優は目指していない。等身大の作品を通して、見る人が忘れかけている思いに気づいたり、自らを見つめ直したりするきっかけにしてもらい、芸術で人を元気にしたい」と意気込む。

 今は廃線が危惧されるJR木次線の沿線の自治体や住民らを巻き込み、地域を活気づけるミュージカルを作る構想を温めている。(杉山匡史)