44人から始まった組織委 批判の矢面に立つ現場の思い

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 コロナ下の東京オリンピック(五輪)が開幕した。その運営を担うのが2014年に発足した大会組織委員会。都や省庁、民間から集まった約8千人の組織だが、設立当初はわずか44人だった。相次ぐ不祥事で幾度も批判されてきたが、現場で歯を食いしばってきた人たちもいる。

 24日午前5時半、幕張メッセ千葉市)のフェンシング会場に、大会組織委員会の加藤裕子さん(43)は、足を踏み入れた。

 「とうとうここが、競技場として動きだすんだ」

 すぐ近くの滞在先のホテルで約2時間の仮眠を取った。前夜の開会式は「聖火の点灯」をテレビで少し見ただけだ。

 9日間、選手の熱闘が繰り広げられる。加藤さんはフェンシング競技のスポーツマネジャー。誰もいない座席を見渡しながら、準備に奔走し、支え合った仲間に思いをはせた。

 小学生で始めたフェンシングが大好きだ。大学卒業後も競技に関わり、慶応義塾中等部で監督をしたり、日本フェンシング協会でも働いたりした。「過去、現在、そして未来にフェンシングを伝えていくこと」が使命だと感じている。

 大会の招致決定を受けて、組織委は2014年2月、44人で始まった。加藤さんもその一人だ。

 荒波の連続だった。運営が混乱するたびに現場は批判の矢面に立たされた。新国立競技場の建設問題、エンブレムの使用中止問題、大会延期に、会長の女性蔑視発言……。加藤さんも「しんどいことの方が多かった」と振り返る。「どんな形になろうと最後までこの大会を見届ける」と踏ん張ってきたというが、今年3月の海外客断念と7月の無観客決定は本当にこたえた。この7年間は何だったのか。くじけそうになった。

 会場作りが大詰めを迎えたあ…

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