サーフィン代表・大原洋人、ホームの釣ケ崎海岸で誓うプロへの恩返し

サーフィン

室田賢
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 東京オリンピック(五輪)の正式競技として初めて採用されたサーフィンで、悲願の出場権をつかんだのが大原洋人(24)だ。ライバルであり、友人でもある存在が、メダルへの思いを強くしている。

 「波がどんな状況になっても一番詳しいんじゃないかな。そこで全ての技を覚えたと言っても過言ではない」

 自信を持って、そう言い切る。五輪会場がある千葉・一宮町は生まれ育った地。「地元開催で絶対に出たかった」。会場となる釣ケ崎海岸サーフィンビーチは、8歳からサーフィンを始めた大原にとって「遊び場」のような場所だ。

 「同じ波は二度と来ない」と言われる。どんな気象条件であろうが、その瞬間で、いかに最良の波を選べるかどうか。見極める力が勝敗を分ける。だからこそ、出場選手の誰よりもこの海を知っている大原にとって、地元開催は心強い。

 夢舞台の切符をつかむために、戦いを避けられない人物がいた。

 プロサーファーの村上舜(24)。子どもの頃から競い合い、国際大会ではともに日本代表として他国と戦ってきた仲間だ。「舜も家族や地元、メディアから期待されていた」。プレッシャーを抱えながら戦う同志から、刺激を受けてきた。

 東京五輪の出場枠は国・地域別で男女最大2人。日本はエースの五十嵐カノアがいち早く代表に内定したため、大原にとって残り1枠をかけた最後のチャンスが、今年5月に開催された世界選手権「ワールドゲームズ」だった。

 村上も日本代表として出場し、2人は大会終盤で同組に。結果、直接対決を制した大原が上位になり、五輪出場権を手にした。

 試合後、海から上がった2人は、どちらからともなく肩を抱き合い、互いをたたえた。村上から「頑張ってくれ」とエールをもらった大原。「実際、複雑だった」という心境は、村上の言葉で「全力を尽くして一緒に戦い合ってよかった」という気持ちに変わった。「舜の分まで五輪で結果を残したい」

 釣ケ崎海岸は、プロアマ問わず、全国のサーファーが集まる「聖地」だ。大原が競技を始めたころには国内のチャンピオンや、海外で活躍するようなプロが身近にいた。2015年のUSオープンでは、18歳で日本選手初優勝を達成した。

 「(プロ選手らから)毎日サーフィンを教えてもらい、波に乗せてもらった経験で、自分もそうなりたいと思えた。小さいころから上をめざす場所を見せてくれた」

 今度は大原が、誰かの目標になる番だ。室田賢