馬売るバイトもして待ったオファー メキシコ五輪代表の日本人コーチ

サッカー

照屋健
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 東京五輪サッカー男子で日本と対戦するメキシコ代表に日本人のコーチがいる。西村亮太さん、36歳。プロサッカー選手の実績はないが、単身で世界ランク11位の強豪国に渡り、2018年12月に代表のコーチの座に就いた。メキシコは日本と同様、1次リーグ初戦を勝利。第2戦となる25日の日本戦(埼玉スタジアム)に向け、「生まれ育った日本で五輪に参加することはもちろん感慨深い。でも、強国を倒すつもりで準備している」と話している。

 12年ロンドン五輪で金メダルを獲得した強豪メキシコで、ハイメ・ロサノ監督の「右腕」と呼ばれる。22日のフランス戦でもベンチに入り、得点が入るたびにスタッフや選手と熱く抱き合った。スペインでプレーする背番号10のラニエス・ディエゴは「彼(西村コーチ)の分析は非常にチームの力になっている」という。

 座右の銘は「意志あるところに道は開ける」。言葉通り、ゼロからはい上がった指導者人生だ。

 大阪府出身。選手時代に目立った実績はない。筑波大大学院を経て10年に交換留学でメキシコへ渡った。午前中は語学学校へ。午後は友だちと街に繰り出し、スラング(俗語)を聞き、スペイン語を覚えた。

 最初は8~10歳のスクールコーチのアルバイトから始まり、経験のないゴールキーパーコーチに就任。「キーパーなんかわからん」といっても、実績もつてもない日本人の意見は聞いてもらえなかった。「やるか、クビか、どっちかだ」。本や動画を見ながらキーパーの分析をし、トップチームのコーチにも教えを請うた。

 留学は1年間だったが、メキシコで指導者として挑戦する道を選んだ。メキシコ1部リーグの監督に次々とメールを送って練習を見学し、守備を改善する強化プランを立てた。知り合いもいない「太陽と情熱の国」と呼ばれる中米の土地で、西村さんの勤勉性は指導者学校で同期だったロサノ監督に認められた。

 17年に所属していたメキシコ1部のチームを解雇された。他のチームからオファーが届いたが、「五輪代表に入れる可能性がある」と言われていたため、フリーな立場でいたかった。1年間、無職でスクールコーチや馬を売るアルバイトに精を出した。

 そして、待ったかいがあり、メキシコ五輪代表コーチに就任。「生まれ育った国で、五輪に参加できるのは感慨深い。感情が湧き出るような、メキシコの情熱的なサッカーを日本の人たちにも楽しんでほしい」。1試合でも多く、母国で戦うつもりでいる。(照屋健)