第1回夢舞台、3秒の悔し涙と刻んだ誇り アイルランド初のテコンドー選手

テコンドー

遠田寛生
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テコンドー男子 アイルランド ジャック・ウーリー(22)

 あと3秒だった。

 24日、テコンドー男子58キロ級に出場したジャック・ウーリー(22)は大会初戦でリードを守り切れず、逆転負けを喫した。

 優勝候補の一角に数えられていたが、序盤から技が決まらない。長い足から繰り出す伸びのある蹴りが封じられた。敗れた直後はマットに体をしずめ、しばらく動けなかった。悔しさを抑えきれずに号泣した。

 取材エリアに姿を見せたのは、試合から小一時間ほど経ったあと。話すうちに再び涙があふれ、繰り返し自分を責めた。

 「躍動する姿を見せて、今までお世話になった人に感謝を示したかった。本当に多くの人をがっかりさせてしまった。祖国でほとんど知られていないテコンドーを、競技の魅力を伝える絶好の機会だったのに」

 アイルランドテコンドー選手が、五輪出場するのはこれが初めてだった。

 5歳のとき、小学校でいじめられていた兄がテコンドーを習い始めた。付いていって練習を見ていると、自分もやりたくなった。しなやかな体に、朝鮮半島発祥の格闘技がしっくりきた。みるみるうちに上達した。

 強くなり、遠征する機会が増えた。実家は裕福とは言えない。だから、自分で稼ぐすべを考えた。

 自宅で鶏10羽を飼い、産んだ卵を近所やテコンドー教室へ持って行き、子どもを通わせている保護者に買ってもらった。「経費はほとんどエサ代だけ。いい考えだと思った」

 インターネットを参考に自分でクッキーを焼き、テコンドーの試合会場で販売したこともあった。「売り上げが1千ユーロ(約13万円)にもなった」。自分だけでなく、コーチの旅費もまかなった。

 リオデジャネイロ五輪のときは、決勝まで進めば切符を手にできる大会で3位に終わり、あと一歩届かなかった。

 東京五輪の出場を決めるまでも、心は揺れた。

 世界ランキングでの出場可能性が、ライバル選手の結果次第の状況になった。落ち着かない様子を見かねたコーチから、スマートフォンの電源を落として部屋で待つよう言われた。しばらく経つと、コーチがドアをノックして入ってきた。吉報だった。

 「ホッとした。すごくストレスだったから」

 5年越しの夢舞台は涙で終わった。でも、歴史に名を刻んだことは確かだ。

 「細身の自分でも五輪に出られた。多くの子が『自分もできる』と感じてもらえたらうれしい。五輪で頑張った自分の姿を通して、1人でもテコンドーに参加してくれる人が増えたらうれしい」

 ささやかな誇りを持ち帰る。(遠田寛生)

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