「反対したいのに賛成」の雰囲気 カウラ事件追った映画

編集委員・北野隆一
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 太平洋戦争中の1944年、豪州で捕虜になった日本兵ら約1千人が一斉に脱走を図った「カウラ事件」を追ったドキュメンタリー映画「カウラは忘れない」(1時間36分)が8月、東京都内などで公開される。満田康弘監督は「生存者が口を閉ざしてきた、隠された歴史」と語る。

 44年8月5日、豪州南東部の町カウラで日本人捕虜1104人のほとんどが集団脱走を試み、うち234人が死亡した。

 瀬戸内海放送(高松市)のディレクターでもある満田監督は、戦時中の捕虜らへの贖罪(しょくざい)意識から和解に努めた元日本軍通訳の男性を取材してきた。男性がカウラの犠牲者の追悼もしていた縁で、満田監督も事件を掘り下げるようになった。

 映画は、生存者の証言から、なぜ事件が起きたのかを検証。綿密な逃亡計画もなく、撃たれて死ぬための脱走だったともいわれる。

 収容所で捕虜は厚遇され「生きて帰りたい」と考えた人もいた。だが、捕虜たちが脱走を決めた会議では、8割が賛成票を投じたという。「本当は反対したいのに、賛成しなければならない雰囲気があった」と生存者は語る。

 軍の「戦陣訓」には「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」と記され、捕虜は恥で戦死が美徳とされた。その価値観がカウラでの日本兵捕虜による自滅的な脱走に結びついた、と満田監督はみる。

 映画によると、日本兵の多くが収容所で偽名を名乗り、生存者は戦後帰国しても長く沈黙を守った。一方、カウラでは追悼の記念式典を定期的に開いてきた。満田監督は「日本が忘れても現地は忘れていない」との意味を作品の題に込めたという。

 映画は8月7日からポレポレ東中野中野区)や都写真美術館ホール(目黒区)などで公開される。(編集委員・北野隆一