誇り持ち「やんばる」紹介 世界遺産に喜び、一方で葛藤

有料会員記事奄美・沖縄

福井万穂
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 夜が明け始めたその森で、私はじっと身を潜めた。何かが目の前を横切る。くちばしが赤い。が、シャッターが追いつかない――。

 国内最大級の亜熱帯照葉樹林が広がる沖縄本島北部、やんばる。7月中旬、記者は初めてその森に分け入り、地域を歩いた。世界自然遺産への候補地浮上から18年での登録。地元には歓迎ムードの一方、切実な思いを語る人たちがいた。

 那覇空港から北へ、沖縄自動車道の終点まで約1時間。さらに海沿いの道を1時間ほど進むと、こんもりと深い緑に覆われた山々が目に入ってくる。国頭(くにがみ)、東(ひがし)、大宜味(おおぎみ)の3村にまたがる、やんばるの森だ。周囲の国道や県道には「奇跡の森」「世界自然遺産へ」とうたったのぼりが、地元の歓迎ぶりを演出している。

 地元の自然ガイド、平良太さん(62)の案内で、森に入った。めざすは、飛べない鳥として知られるヤンバルクイナだ。平良さんに指定された集合時間は、午前5時半。木の上で寝ていたヤンバルクイナが起き出して、ミミズやカタツムリなどのえさを探し始める時間だ。

 薄暗い森を車でゆっくりと走る。車窓から道路脇の草むらに目をこらすが、見えるのは草木のみ。それでも、平良さんは「あ、いるねえ」。指さす先に、いそいそと歩く生き物がいた。キュ、キュ、キュ。そう鳴きながら、せっせと赤色のくちばしを動かしている。いた!

 「ドアの音でも逃げるから気をつけて」と平良さん。1981年に新種として名前をつけられるまで、地元では慌て者をさす「アガチ」と呼ばれていた。別の車が近づくと、すぐに草むらの奥へ姿を消した。

 辺りには、ブロッコリーのようにモコモコと生い茂る木々が目立つ。この森を代表する亜熱帯照葉樹、イタジイだ。その木の下で耳を澄ますと、コツコツコツ、コツコツコツ。小刻みに何かをたたく音を響かせていたのは国の特別天然記念物ノグチゲラだ。木の幹をつつき、虫を食べている真っ最中だという。

 いったん宿に戻り、平良さんと再び落ち合ったのは午後7時半。車は県道から脇道へと入っていく。日が暮れていくなか、沢の音や、夜行性の鳥や虫の鳴き声がハーモニーを奏でている。

 真っ暗になった。車のヘッドライトの先に、うごめく影がそこかしこに見えてくる。道路脇ではカエルが跳びはね、サワガニ、ヤモリがはいまわり、後ろからは彼らを狙うヘビがやってきた。「多くがこの森にしかいない固有種。湿度の高い夏の夜は、にぎやかな楽園ですね」。鳥肌を立てている私に、平良さんはそう言って、笑った。

 日本の国土の0・1%にあたる国頭、東、大宜味の3村に、国内で確認されている鳥類の約半分、在来のカエルの4分の1の種がひしめくといわれる。この生物の多様性が、世界自然遺産として認められたのだ。

「やんばらー」とかつては呼ばれ、田舎者扱いされた

 「ようやく誇りをもって『やんばる』を世界に紹介できる」。本島最北端、国頭村に住む宮城久和さん(78)は、遺産登録に歓迎を口にした。昨春まで8年間村長をつとめ、自然ガイドの養成や、観光施設の整備、国立公園指定のための地権者らとの調整に汗を流してきた。やんばるの人たち特有の願いに応えたいとの思いからだ。

 やんばるは「山原」とも表記され、林業が盛ん。古くから、人口が集中する本島中南部に建材や薪炭材を送り出す一大供給地となってきた。江戸時代には、船で運ばれた木材が首里城の修理に使われた、との記録が残る。沖縄戦では、深い森が中南部の人たちの疎開先となり、戦後は焼け野原からの復興のため、木材が切り出された。

 一方、米軍統治下の1957…

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