「銅かなんかとったんですか」堀米雄斗の演技中、父はサイクリング

スケートボード

岩佐友
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 東京オリンピック(五輪)スケートボード男子ストリートで25日、金メダルを獲得した堀米雄斗(22)の父亮太さん(46)が取材に応じ、「とてつもないことを成し遂げてくれた」と喜びを語った。

 亮太さんはこの日、仕事を休み、午前8時半からの予選を家族とともに自宅のテレビで見始めた。

 「はじめは見ていたけど、調子が良くなかった。やっぱり自分が見ているとダメだと思った。じっと見るのは性に合わなくて、『果報は寝て待て』という感じで、河川敷を自転車で走ることにした」

 予選の堀米のランを見届けたところで、自宅近くの荒川河川敷へ。日課のサイクリングを始めた。

 6位で予選を突破したことを知人の電話で知ると、堀米にメールを送った。

 「不安げな表情が顔に出ている。代表なんだから気丈にしろ。もっと早川君(代表コーチ)とコンタクトを取りなさい」

 返信はすぐにきた。

 「わかっているよ」

 いつも通りのやりとりだった。

 息子を信じ、決勝も見ないと決めた。優勝したら、メダルを取れなかったら……。いろいろなパターンを考えながらペダルをこぎ続けた。

 快挙を成し遂げたことを知ったのは、午後1時半すぎだった。会社の同僚から電話がかかってきた。

 「『おい、メダルだよ』と言われて、『銅かなんかとったんですか』と聞いたら、『ばかやろー、金メダルだよ』と」

 自然と言葉にならない声が出た。

 「本当に勝ったんだ」

 雄斗は3人の息子の長男。自身の趣味であるスケートボードに付き合わせる形で、1歳の時からスケートボードに乗せた。

 「結婚する時、妻にはスケボーをやめると伝えていた。雄斗が生まれたから、散歩に連れて行くという名目で自分が滑っていた」

 6歳の時から本格的に教え始めると、ぐんぐんと上達した。ただ、教えようとすると、どうしても口調が厳しくなってしまう。

 「全く褒めなかった。いいときは『今の動きを覚えておけよ』という程度」

 中学生になると、一緒に練習することは少なくなった。代わりに、自身が若い時にはまっていた1990~2000年代のスケーターの映像を息子に見せた。

 堀米はその映像を食い入るように見つめた。そこからヒントを得て、技を改良。オリジナルのトリックを身につけていった。

 堀米が高校を卒業すると、本場米国へ送り出した。

 「アメリカで成功するのは自分たちの時代のスケーターの夢だった。何とかかなえてほしいと思った」

 18年に世界最高峰のストリートリーグで優勝。昨年10月には、ロサンゼルスに4LDKの豪邸を建てた。思った以上のスピードで夢を実現していった。

 そして、この日、地元である東京都江東区の会場で、五輪の初代王者に輝いた。

 「プレッシャーも大きかったと思う。すごすぎて、自分の子どもじゃないみたい。別世界の人間のようで、実感がわかない」

 息子には今夜にでもメールを送るつもりだ。そこには珍しく褒め言葉を入れようと思っている。

 「『よくやった、おめでとう』。それしかないでしょう」(岩佐友)