迷い捨て、前田穂南の限界引き出す 武冨豊監督、5回目のメダル挑戦

陸上

堀川貴弘
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 オリンピック(五輪)のメダル獲得に向けて、5回目の挑戦となる。

 自分には指導者として何が足りないのか。天満屋女子陸上部監督の武冨豊(67)は時に、非情な比較を自分に課してきた。

 2000年シドニー五輪金の高橋尚子を指導した小出義雄、04年アテネ五輪金の野口みずきを鍛えた藤田信之と何が違うのか。五輪の舞台で目の当たりにしてきたから分かる。

 「あの2人ほど選手を追い込めない。それが自分の弱さだと思っています」

 武冨が監督を務める天満屋女子陸上部は1992年に創部した。男子マラソンの元日本記録保持者で初代監督の佐々木精一郎から、武冨は96年にその役目を引き継いだ。

 シドニー五輪女子マラソンで、山口衛里とともに初めて挑んでから21年がたつ。これまで五輪には4選手を送り、山口と04年アテネ大会の坂本直子が7位に入賞した。秀でた戦績に見えるが、満足していない。

 金メダリストを育てた2人を思い浮かべてみる。

 もっと練習をさせたい。そのメニューも頭の中にはある。半面、選手を壊してしまうのではないかと不安がつきまとう。「ここまでやらなければいけない、と分かっていてもやれない。もどかしさを常に感じながらやっています」。現役時代は宗兄弟らとしのぎを削ったランナーだけに、マラソンの苦しさは身をもって知っている。

 東京五輪には、前田穂南(25)を送り出す。入部した時こそ「きゃしゃな体で大丈夫かなと思った」。数週間、練習を見ているうちに「ひょっとしたら」に変わり、3年目の17年くらいから「いけるんじゃないか」と思うようになった。今では「これまで指導してきた選手の中で、競技に取り組む姿勢は図抜けている」と言い切る。

 前田は五輪代表選考会となった一昨年9月のマラソングランドチャンピオンシップで、果敢なレースを見せて優勝した。だからこそ今回は「自分のストッパーを外さないといけないのかなと思います」と意を決する。男子選手を練習パートナーに選んで前田を引っ張らせたのも、「能力の限界に近いところを引き出すため」。ただ、負荷が高すぎたのか、6月末前田は足を痛め、練習を控えざるを得ない時期ができてしまった。

 百戦錬磨の監督でもコロナ禍は予定外だった。いつもの米国での高地合宿が組めない。過去の練習とのタイムの比較ができず、選手の調子がつかみにくかった。ただ、それも「いろいろ考えても仕方がない。チャレンジできることは何かを考えるようにした」と割り切った。

 五輪で戦う難しさは知っている。「金メダルを目指してがんばりたい」と誓う前田のために。「前田が集中できるような環境をいかに作るか。今まではおおざっぱだったけれど、今回はきめ細かくやっていく」。その作業は号砲が鳴るまで続く。(敬称略)(堀川貴弘)