「手話通訳をテレビで」五輪パラ開閉会式、NPOが要望

編集委員・中島隆
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 東京オリンピックの開会式のテレビ中継で、自分たちは取り残されたと思っている方たちがいます。

 ろう者のみなさんです。

 テレビ中継には手話通訳がなかったのです。組織委員会によると、オリンピックスタジアム(国立競技場)に手話通訳のスタジオをつくっています。

 字幕が放送されていたんだからいいだろ、と思っている方がいるかもしれません。

 それではダメなんです。

 「ろう者」。多くは、生まれつき耳が聞こえないか、幼いころに聴覚を失った方たちのことです。

 ただでさえ中継の字幕は、少しタイミングが遅れます。なので、画面で繰り広げられる演出を理解するのに時間がかかります。その点だけでも、手話通訳が必要だと思います。

 さらに問題なのは、ろう者の中には、字幕の日本語を正確に理解することが難しい方がいることなのです。

 ろう者の能力が低い、わけではありません。ろう者にとって母語は日本手話で、日本語は第2言語だからなのです。

 日本手話は、日本語と文法が違います。みなさん、一生懸命に勉強しています。音で聞くことができない、ラジオを聞きながらの勉強はできずつねに自分の視野に日本語を入れなくてはならない。そんな制約された環境で勉強します。

 日本語が苦手になっても、その人をだれも責められません。それは、聞こえる人の中に、英語が苦手な人がいるのと同じなのです。英語の中継で英語の字幕が出てきて大丈夫ですか? わたしはムリです。

 だから、手話通訳が通訳をしている姿を画面に映さなくてはならないのです。

     ◇

 音が耳から入らないことで起こる情報格差。その打破をめざす「インフォメーションギャップバスター」というNPO法人があります。

 その理事長でろう者の伊藤芳浩さん。23日にあった開会式をはじめから終わりまで、見ていました。

 伊藤さんは日本語も得意なので、字幕を理解できます。演出のタイミングと字幕がずれるので、字幕を理解したときは次の演出に移ってしまっていて、味気なさを何度も感じました。

 〈手話通訳が映っていれば、リアルタイムで楽しめるのに……、残念だ〉

 そして悔しさがこみあげてきました。また同じ問題が起こってしまったかあ、と。

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 それは昨年4月のことです。伊藤さんのNPOは、新型コロナウイルスにからむ政府や都道府県の記者会見について、政府、自治体、映像関係者にこんな要望を出したのです。

 「政府や都道府県が行うすべての会見に、手話通訳をつけてください」

 「会見を放映するテレビやネットでは、手話通訳を必ず放映してください」

 記者会見で手話通訳を映すことは、たしかに増えました……。

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 伊藤さんは、海外での中継はどうだったのか調べてみました。

 韓国、台湾、カナダなどでは手話通訳をしっかり映り込ませていました。

 伊藤さんの友人のろう者は、手話通訳つきで見たかったとSNSで発信しました。すると、「字幕で十分なのでは」というコメントが相次ぎます。友人は、この国の理解のなさに失望したといいます。

 伊藤さんは主張します。

 「五輪の開会式は、多様性をテーマにしていました。でも、ろう者、言語的マイノリティー(少数派)を取り残していいのでしょうか」

     ◇

 伊藤さんたちは、政府、組織委員会、東京都、NHKなどに、こんな要望書を提出しました。

 「オリンピック・パラリンピックの開閉会式に配置される手話通訳は、すべてのテレビ局にて放映されるよう、最大限の配慮をお願いします」

 伊藤さんは言います。

 「全日本ろうあ連盟などが開会式の前日までに要望書を出しましたが、反映されませんでした。なので、私たちも出しました。まだ五輪の閉会式、パラリンピックの開閉会式があります」

 手話を生活のベースにしている人は、日本に8万人いるとされています。8万人を取り残してはなりません。

 もう同じことを繰り返してはなりません。中継の演出の問題ではありません。人間の権利の問題なのです。

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 中島隆 朝日新聞編集委員。手話技能検定2級取得。著書に「ろう者の祈り」(朝日新聞出版)