二つの母校と2人の恩師が見守る晴れ舞台 柔道・新井千鶴が初戦へ

柔道

坂井俊彦
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 東京五輪柔道女子70キロ級に出場する埼玉県寄居町出身の新井千鶴選手(27)の二つの母校と2人の恩師が晴れ姿を静かに待っている。「山あり谷あり」の柔道人生をかけてつかんだ初の五輪。長年待った晴れ舞台は28日に幕を開ける。

 新井選手の母校、寄居町立男衾(おぶすま)中学校(同町富田)で7日、1600羽の折り鶴で作った黒地に金で「千鶴」を描く「鶴文字」の披露と母の昌代さん(54)への贈呈式があった。努力を続け夢を叶(かな)えた先輩を応援したいと2年生71人が「総合的な学習の時間」や休み時間を使い1カ月半かけて折った。「千鶴」にかけた「千羽鶴」、黒地は「黒帯」、金は「金メダル」。ウィットに富んだアイデアも生徒が考えた。

 会場の体育館には新井選手の最初の師、笠原則夫さん(60)の姿もあった。35年前、この体育館で笠原さんが始めた男衾柔道クラブが新井選手の柔道の原点だ。武道場に移転したクラブに男衾小1年で入会した。「柔道が好きなのと、負けず嫌い。小学生で県内の強豪になった3歳上のお兄ちゃんに負けたくなかったんだと思う」。中学卒業まで9年間、週に3回の稽古で足技などを磨いた。

 クラブの1期上の女子5人が笠原さんの母校の児玉高校(本庄市)への進学を志したのを機に、中2から同校の道場に通うように。柔道部監督の柏又(かしまた)洋邦教諭(54)は前任の和光高校で全国優勝する選手を育てるなど柔道女子の指導者として定評があった。

 当時48キロ級だった新井選手の印象を監督は「線は細いが柔道は器用。そして何より強くなりたいという気持ちの強い子」と語る。和光高校で12年、児玉高校で19年の指導歴を振り返っても「高校生になっても体の成長が続く珍しい女子だった」という。減量はさせず、伸び伸びと育てた。1年生で57キロ級、2年生で63キロ級に。しかし、ブレークはしなかった。そこで2年生の秋、監督は70キロ級への転向を打診する。「しっかり組む教科書的な柔道の新井には70キロ級が合っている」。階級変更は当たり、3年生の夏の高校総体で初めて日本一に輝いた。

 実業団の強豪、三井住友海上に入ってからも勝ち続けたわけではない。2017、18年の世界選手権で連覇したが、5年前にはリオデジャネイロ五輪出場権を逃している。

 夢をあきらめず努力を続ける姿を児玉高校女子柔道部の井田侑希部長(3年)は「尊敬する。私も続きたい」と語る。井田さんは今年3月の全国高校選手権57キロ級で準優勝。この夏、柏又監督にとって3人目の高校王者を目指している。監督は「卒業して10年も経つと、もう一ファン。晴れ舞台で花を咲かせてほしい」。笠原さんは「世界王者として心にゆとりを持って臨んでもらえればいい」と話す。

 新井選手は31日の混合団体にも出場する予定だ。(坂井俊彦)