「ビッグマウス」だった柔道・向翔一郎 五輪代表決まり変わった姿勢

柔道

西村奈緒美
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 東京五輪・柔道男子90キロ級に出場する向翔一郎選手(25)は、小学校時代に新潟市内の柔道教室で鍛えられ、全国レベルの選手に成長していった。28日、初の五輪で世界の頂点に挑む。

 富山県高岡市生まれの向選手は、小学校1年の時に家族とともに新潟市内に転居し、姉の奈都美さん(28)と南区の「白根柔道連盟鳳雛(ほうすう)塾」に通い始めた。中学から大学まで柔道を続けた父の吉嗣さん(55)が奈都美さんに教えており、その様子を見て技を覚えていたという当時の向選手のことを、吉嗣さんは「努力家の姉に対し、翔一郎は要領がいいタイプ」と話す。

 中学は全国から有力選手が集う東京の私塾「講道学舎」に入門。26日に男子73キロ級連覇を果たした大野将平選手(29)らと汗を流した。全国高校総体で5位入賞。ただ、「格好いい」という理由で、大学ではアメリカンフットボール部志望だったという。それが、母の成美さん(56)の「柔道で日本一になったら(アメフトを)やっていいよ」という言葉に奮起し、全日本ジュニア大会で優勝。すると、「欲深さが出て柔道をやめられなくなった」。

 同大会を連覇し、全日本学生体重別選手権大会でも優勝するなど実績を残してきたが、壁もあった。練習への遅刻など生活の乱れが目立ち、それを注意した指導者にも反論。大学4年生の時、柔道部の寮を追い出され、練習の場も失う事態になってしまった。

 「うぬぼれている」と吉嗣さんに強く叱られた。成美さんも「柔道はやめてしまいなさい」と怒りをあらわにした。結局、新たにアパートを借り、ほかの大学に出稽古することに。「当たり前のことが出来ていなかった。自分を変えるきっかけになった」と振り返る。

 社会人になり、18年のグランドスラム大阪で優勝、19年の世界選手権で2位に。前回リオ五輪の同じ階級で金メダルを獲得したベイカー茉秋(ましゅう)選手(26)らライバルを抑え、東京五輪の代表切符を勝ち取った。ベイカー選手が難敵に逆転一本勝ちしたリオ大会決勝を向選手は実家でテレビ観戦し、「次は俺が五輪チャンピオンになる」と誓った。

 取材で自分のことを尋ねられて「よく言えば天才」と答えたり、彼女との写真をSNSに投稿したりする言動が「柔道家らしくない」と指摘されたこともあった。ただ、吉嗣さんは「気が小さいからモチベーションをあげるために『ビッグマウス』になっている」と見ていたという。

 五輪代表が決まって以降は、「柔道は奥深いスポーツ。正解がないから続けられた」と語るなど変化が見られた。周囲への感謝を口にすることも増えていった。

 「五輪チャンピオン」という、その誓いに挑む舞台がついにやって来た。7月中旬、吉嗣さんは緊張した面持ちで「たくましくなったと思う。90キロ級に絶対王者はいない。翔一郎らしくやれば結果は後からついてくる」と話した。(西村奈緒美)