手動スコアで愛される愛知・熱田球場 球児が運営支える

皆木香渚子
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 第103回全国高校野球選手権愛知大会は、各地で熱戦が繰り広げられている。会場の一つ、熱田愛知時計120スタジアム(名古屋市熱田区)の運営は球児たちに支えられてきた。グラウンド整備や手動のスコアボードに得点を入れる「球場当番」を今年も愛産大工と同朋両校の球児たちが担った。(皆木香渚子)

手動式のスコアボード「便利さに代えられない歴史」

 「熱田球場」の愛称で親しまれる熱田愛知時計120スタジアムのスコアボードは今でも手動式だ。

 今月11日、センターにあるスコアボード室を訪ねると、担当の愛産大工の4人が得点パネルの隙間や小窓から試合を見守っていた。

 スコアボード室には、数字の書かれた木製の得点パネルが棚にびっしりと並ぶ。得点が入ると球児たちは縦1メートル、横80センチほどのパネルを取り出し、慣れた手つきで取り換えた。得点パネル以外は手書きで、選手交代にすぐに対応できないため、出場メンバーの名前は表示しない。

 学校名のパネルも手書きで、きれいな文字が目を引く。学校名を書いていたのは愛産大工の岩井吟侍(ぎんじ)さん(1年)で、小学2~6年まで書道を習い、段位3段の腕前だ。石灰と水を混ぜて作った白い塗料をハケにつけ、縦1メートル、横1・8メートルほどの板に文字を書く。スタンドから見やすいよう、かすれた部分は何度もなぞるという。

 不便さがあっても、手動式を続けるのは、熱田球場が愛知の高校球児の「聖地」だからだ。

 戦後まもなく建てられた熱田球場は、2008年まで愛知大会の決勝に使われ、歴代の球児にとって夢舞台だった。同朋野球部の大島恭郎(やすお)部長は「便利さに代えられない歴史がある」と目を細める。岩井さんは「まさかここで書道の経験が生きるとは。これから活躍できる選手になれるよう頑張りたい」と笑顔を見せた。

コールド勝ちした球児たちが雑巾がけ

 スコアボード以外にも球児たちは「縁の下の力持ち」として汗を流す。

 11日は同朋の4人が救護係を務めた。一、三塁側のファウルゾーンで試合を見守り、けが人が出た場合は担架を持って駆けつける。

 試合後はグラウンド整備や掃除にも余念がない。同朋では掃除を徹底し、使う前より球場をきれいにすることを心がけているという。球児たちは最後まで球場に残ってベンチや廊下の掃除を続けた。

 同校は4日に初戦で敗れ、短い夏を終えた。一塁側のベンチを掃除していた東爪大空(そら)さん(2年)は「本当はグラウンドで戦いたかった。秋に向けて頑張りたい」。新井隆太さん(同)は「グラウンドで試合を見るからこそ勝ちにつながる流れが分かる」と話す。

 2人ともに投手で良きライバルだ。試合を見ながら、投手にとって、いかに制球力が大事なのかを感じたという。

 11日の第2試合でコールド勝ちした名古屋市工芸の球児たちは試合後、雑巾がけをしていた。

 勅使(ちょくし)唯斗選手(2年)が試合後の廊下を見て「汚れているから」と自主的に掃除を提案したという。「掃除していたの?」と記者が尋ねると「はい! もう1往復しますよ!」。雑巾に両手をつくなり、チームメート4人で一斉に廊下を駆け抜けた。

 球児たちの敬意と熱意に支えられてきた「聖地」は、これからも愛知野球の歴史を刻む。