元東北高監督・若生正広さん死去 ダル擁し甲子園で準V

 東北高や九州国際大付高などの硬式野球部監督として甲子園に春夏通算11回出場した若生正広(わこう・まさひろ)さんが27日、肝臓がんのため仙台市内で死去した。70歳だった。

 仙台市生まれ。兄は仙台商で監督を務めた久仁雄さん(2005年死去)、プロ野球・阪神の元投手で通算121勝を挙げた智男さん。自身は東北高から法大へ進み、社会人野球でプレー。埼玉栄高の監督を経て1993年、母校東北高の監督に就いた。

 2003年は当時2年生のダルビッシュ有投手(大リーグ・パドレス)を擁して、第85回全国選手権大会で準優勝した。ダルビッシュ投手ら主力が残った翌年も春夏連続で甲子園へ勝ち進むが、東北地方悲願の優勝には届かなかった。

 04年9月の東北高監督退任後、05年8月から九州国際大付高の監督に就任した。07年に難病の「黄色靱帯(じんたい)骨化症」を発症。杖無しでは歩けなくなったが、野球への情熱は衰えなかった。東日本大震災で故郷の仙台が甚大な被害にあった11年は、第83回選抜大会に出場して準優勝。15年には埼玉栄高監督に復帰し、19年に勇退した。