タンサンの源流はのどが乾いた英国人 宝塚発祥の新事実

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田中章博
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まだまだ勝手に関西遺産

 暑い夏に欠かせない飲み物といえば、タンサン。その名を定着させたのは、兵庫・宝塚から発信した英国人の工夫でした。

 「プシュッ」。ペットボトルのふたを開けて、ひときわ大きな音がしたら、それが強炭酸の証しだ。シュワシュワと爽快な音と飲み口で、暑い夏の渇きを癒やしてくれる。

 「ウィルキンソン タンサン」は、お酒の割り材として長年、バーカウンターが定位置だった。ペットボトルが発売されたのは2011年。売り上げは10倍に伸び、炭酸水をそのまま飲むスタイルが定着した。西洋の響きを持つブランドだが、発祥は兵庫・宝塚にあるという。近年、地道な調査でそのルーツが少しずつわかってきた。

【動画】暑い夏に欠かせない飲み物といえば、タンサン。その呼び名を広がったのは、兵庫・宝塚で始まった炭酸水づくりからです=田中章博撮影

 生みの親は、神戸の外国人居留地の商社に雇われ、機械精米工場で働いていた英国人クリフォード・ウィルキンソン氏(1852~1923)。1889年、狩りをしていた宝塚で、のどの渇きを潤そうとして炭酸泉に出合った。この「酸い水」が良質の鉱泉とわかり、翌年に瓶詰め生産を開始。ただ、この炭酸泉と工場の当初の様子は長らく知られていなかった。

 ペットボトルの赤いラベルには「Since 1904」と記されている。西宮市塩瀬町生瀬にあった「宝塚工場」の操業開始年が1904年だが、さらにそれ以前に、工場があったというのだ。

 関連資料を20年にわたり収集する宝塚市郷土史家、鈴木博さん(68)は、1899年の英国の雑誌を入手した。草創期の瓶詰め工場の写真が掲載されている。場所は宝塚温泉のそばの紅葉谷。生瀬の工場から武庫川を約1・5キロ下った場所だ。写真には荷車に積んだ木箱が写っており「TANSAN」の文字が読める。海外で主流の「ソーダ水」でなく、あくまで「タンサン」なのだ。

 鈴木さんが見せてくれたのは、炭酸水づくり2年目に海外紙に載せた広告。元々は「宝塚ミネラルウォーター」の名称で輸出拡大を図っていたようだが、西洋人に「宝塚」は発音しにくかった。そこで海外の販売代理店から指摘されたウィルキンソン氏が、当時の駐神戸英国領事の助言も得て名付けたのが、シンプルで発音しやすい「TANSAN」。鈴木さんが見つけた記録では、1893年に商標に採用した経緯が記されていた。

創業者のウィルキンソン氏はタンサンの普及に腐心していました。後半では、仁王をあしらった当時のマークなど、あの手、この手の工夫の跡をたどります。

■マークに仁王、その顔は………

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