習主席、「ハルキ」や「トットちゃん」は読まないの?

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編集委員・吉岡桂子
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吉岡桂子編集委員

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 新型コロナウイルスの感染が再び拡大するなか、外出を避けて自宅にいる時間が増えている方も多いと思います。東京五輪もついに始まりましたが、夏は読書の季節でもあります。夏が来ると、私も子供のころ、夏休み読書感想文宿題で四苦八苦した記憶がよみがえります。読書は好きでしたが、先生から指定される本を読むことがいやだったのです。ただ、お隣の中国には国民に対して課題図書のごとく、自らの本棚をサイトに公開しているトップがいます。習近平国家主席です。「本当に全部読んだの?」。中国の知人たちは疑いの目を向けますが、それはさておき、公開するからには必ずや意図があるはず。中国経済が専門で、たいへんな読書家でもある梶谷懐・神戸大学教授と一緒に、彼の本棚をのぞいてみました。

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最初の本は「岳飛伝」 読書家物語の背景は?

 「最大の趣味は読書」。そう語る習氏が幼少の頃、母から北京の書店で最初に買い与えられた本が「岳飛伝」です。岳飛は、異民族の侵入から故郷を守るため忠義を尽くした南宋の武将。中国人なら誰もが知る救国の英雄です。愛郷、救国、取り戻す――。領土問題をめぐって中国共産党が繰り出すキャンペーンと重なります。

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習近平氏の「本棚」を紹介するサイト=中国共産党員ネットから

 68歳の習氏は文化大革命と青年時代が重なり、十分な教育を受けられなかったとされる世代です。父が副首相を務めた党長老だった習氏は、黄河流域の陝西省にある革命の聖地・延安の農村に「下放」されました。北京から箱いっぱいに本を詰めて持参し、食事をしながらも読書をしていたというエピソードが伝えられています。文革世代だけれども教養あふれた政治家であることを強調したいのでしょう。15キロ離れた村にいる同世代が持っていたゲーテの「ファウスト」を借りて読んだという逸話は、ドイツメルケル首相との会談でも披露されました。習氏は「当時読んでもよくわからなかった」と明かし、「ドイツ人もよくわからないのですよ」と返されたというオチをつけています。

 梶谷さんはこう、指摘します。「習政権になって言論統制が強まっているのは明らかです。それだけに、人文科学を重んじる読書家であることをアピールする必要があるのではないでしょうか。排斥するのは共産党に反目する層だけで、知識人全体を敵に回すつもりはないと」。確かに、民主派知識人からは「現代の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)」と呼ばれるほどの言論弾圧のイメージ払拭(ふっしょく)を狙ったものかもしれません。

 建国の英雄で、思想家の毛沢東氏も意識しているはずです。米大統領だったニクソン氏らを書斎に招いて話し込んだ毛氏の本棚には、古典を含めて本がぎっしりと詰まれていました。

 中国を分析する専門家の間でしばしば使われる言葉の一つに「narrative」(ナラティブ)という英語があります。一般的には「語り手が聞き手に対して意味を伝えるための、ある特定の目的を有する語り」のこと。中国について言えば、国内や国際的に論争がある問題について、政権が自らの都合の良い物語を編んで世界に宣伝しているという脈絡で使われる場合が多い。習氏の本棚も、内外に向けた物語を作る装置の一つといえそうです。

西洋中心の本棚 日本の本がない

 この習氏の本棚は、中国共産党員向けのサイトで紹介されています。過去の発言などをもとに事務方が作成したそうです。100冊以上が並ぶなか、「推し」になっている本や日本人にもなじみ深い本を中心に抜粋してみました。

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「習近平氏の本棚」の思想哲学編=中国共産党員ネットから

〈哲学〉一次元的人間(マルク…

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