第1回「置き去りにされた」 タリバンの報復におびえる日々

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ニューヨーク=藤原学思
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協力の代償 アフガン米軍通訳の証言① デザイン・北谷凜
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 10年間、通訳として米国のために尽くした。だが、祖国のアフガニスタンからは逃げざるをえず、米国ビザは申請すらできず、難民認定も断られた――。「米国史上最長の戦争」といわれるアフガニスタンの戦闘で、米軍は8月末までに完全に撤退する。だが、その陰で、行き場を失っている人たちがいる。

2001年の米同時多発テロを受け、米国は容疑者をかくまっているとしてアフガニスタンを攻撃し、タリバーン政権を崩壊させました。米軍は駐留を続け、多くのアフガン人通訳が重要な役割を果たしました。だが、反政府勢力となったタリバーンからみれば、通訳は「敵の協力者」。報復の脅威にさらされている彼らの今を伝えます。

 7月上旬、スマートフォンの画面の向こうで話すムハンマド・カムランさん(37)の右目は、赤茶色に腫れていた。この1週間前、パキスタン当局者を名乗る男らが住まいを訪れ、金銭を要求された上で殴られたという。

 「不法に暮らしているので、外出することも、国に帰ることもできず、ここに取り残されている」。男らは1カ月に1回程度やってくる。

 カムランさんは、アフガン東部のジャララバードに生まれた。母語はパシュトゥー語。親は裕福な農家で、勉強する機会に恵まれた。地元の村では、周りに無料で英語を教えた。

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アフガニスタンで、同僚の米兵と肩を並べる通訳時代のムハンマド・カムランさん。「身の安全のため」として、提供元の支援者が個人を特定できないように写真を加工している=クリスティー・ペラノさん提供

 カムランさんによると、2004年ごろ、まだ10代だった時に米軍に雇われ、通訳として働き始めた。最初は米軍と行動をともにするアフガン人戦闘員の雇用や訓練に携わり、その後は戦闘の前線に行ったりするようにもなったという。

 通訳としてのキャリアが10年を超えた14年、反政府勢力タリバーンから連絡を受けた。《最終警告だ。司令官のところに来い。もし来なければ、罰する》。そんな内容だったという。

米国のために尽くしたカムランさんはいま、何を思っているのでしょうか。記事後半でお伝えします。

 米同時多発テロの容疑者をか…

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