懐深き重鎮政治家96歳で死去 「都議会のドン」も偲ぶ

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釆沢嘉高
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 西新宿にある東京都議会棟にはつい最近まで、毎日姿を見せる96歳の元都議がいた。議員控室の一角にいつも座る場所があり、かつて故・野中広務官房長官自民党の有力議員があいさつに訪れたという。今月11日、老衰で死去した公明党の元最高顧問、藤井富雄氏。都議でありながら国政にも影響力をもった重鎮の訃報(ふほう)に、関係者からは「一つの時代が終わった」との声があがる。

 1924(大正13)年、東京生まれ。63年に都議選に初当選し、11期務めて05年に引退した。94年に公明党が国会議員の「公明新党」と、地方議員中心の「公明」に分党した際、「公明」の代表に就任。再び合流し「公明党」となって以降も要職に就いた。都議でありながら自民党の野中氏と太いパイプを持ち、警察組織にも幅広い人脈があったという。

 その力の源流は56年参院選にさかのぼる。公明党関係者によると、大阪地方区で創価学会の候補が苦戦するなか、当時練馬区議だった藤井氏が東京から選挙活動に参戦。まだ学会の一幹部だった池田大作氏のもと、学会内で「伝説の勝利」と呼ばれる当選に貢献した。藤井氏は後々まで、池田氏に最も近い議員の一人として強い発言力をもった。

 一方で、「『オレは偉い』という態度を一切感じさせなかった。ベテランになってからも都民の電話相談を直接受けていた」と藤井氏を知る党員の一人は語る。「人好きで、誰からも好かれていた」

 ユーモアを入れたスピーチも得意だった。この党員にとっては、公明党の政権入りを「政教一致」と問題視する声が出ていた90年代半ばの演説は特に印象的だったという。「『公明党が政権を取ったら(日本が)学会に乗っ取られるって言われるけど、じゃあ奈良・吉野山は桜が咲いたら桜に乗っ取られるというのか』。そんな言い口で周囲を笑わせていた」

 都議会で親交を深めた人からは、その死を悼む声が聞かれた。「都政にとって偉大な人が亡くなった」と話すのは「都議会のドン」と呼ばれた元自民党都議の内田茂氏(82)だ。

 89年の都議補選で初当選を…

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